犠牲

 少女の本棚には、ヒーローものの絵本が並ぶ。魔法少女が戦う絵本も。その内ひとつを手に取り、読んでみる。街で人を襲う怪人。現れるヒーロー。ヒーローは戦う。しかし、ピンチが訪れる。味方を人質に取られてしまったのだ。ヒーローはどうする。次のページをめくると、そこは油性マジックでぐちゃぐちゃに塗りつぶされていた。そして、最後のページ。そこにはいないはずのヒーローが、ペンで描き足されている。文章も、書き換えられていた。察するに、ヒーローは己を犠牲に皆を救ったのだと思われる。しかし、そのページは塗りつぶされていた。この本に限らず、他の絵本も。さらには、国語の教科書も。そちらはひよこ、アヒル、うさぎといった小動物を狐が守って死ぬ話だった。やはり、彼が犠牲になる場面が塗りつぶされていたのだった。流石にこれは問題になり、少女は親と共に先生に呼び出された。だけど彼女は納得がいかなかった。怒られたことにじゃあない。心配されたことにじゃあない。心療内科へ行くことを勧められたこと…まあ、それにも腹が立ったが。そこを塗り潰した気持ちを、これっぽっちも理解されなかったからだ。友だちはその授業の時言っていた。「狐は勇敢でかっこよかった。ほんとうに、親切で優しい神様のような狐だった」と。自分を犠牲にして死ぬことが神様のすることか?少女は上の空で教科書にらくがきをし続けた。「まちがってる」気づけば教科書の隅にはそんな文字が書かれていた。

 少女は物語を書くことにした。まっさらな大学ノートをうきうきと開き、鉛筆を握った。気ままに、心のままに思い描いた。ヒーローの物語を。

 「く、このままじゃ…」黒いスーツの特徴的な戦士は窮地に追い込まれている。彼の傍には、彼の幼馴染みの少女が倒れていた。敵は眼前に迫っている。やられてしまうのか、俺も…こいつも。彼が目を閉じたそのとき、銃撃が敵へ浴びせられた。青いスーツの戦士。黒い戦士の最も信頼する男だ。青い戦士は、黒い戦士のほうをチラリと見、フッと笑った。
「ひどい有り様だな。ヒーローの名が泣くぞ」
「う、うるせえ。それより助かった、ありがとう」
彼は立ち上がり、青い戦士と並び立とうとした。が、それを制された。
「お前は、あの子と逃げろ。な?」
言って、青い戦士は彼の肩をポンと叩いた。黒い戦士はわけがわからないと言いたげに首をゆっくり横に振った。そんな。まるで、それじゃあ。
「ふ、ふざけるなよな、俺だってまだ…」
言い掛けた彼の足元へ威嚇射撃がされる。青い戦士は振り返ることなく、銃をくるくると回しまっすぐ敵へと向けた。
「行け!!お前は…生きろ。いいな!?」
「あ───」
そこで、彼らを黒いなにかが覆った。敵の怪人も、青いスーツの戦士も、幼馴染みも、周りの景色も真っ黒になっていくのを彼は見た。
「なんだ…!?なんだこれ、なんなんだよこれ!!」
叫ぶ黒いスーツの戦士もまた、黒いなにかへ塗り潰されていく。なにもわからぬまま。そしてぐちゃぐちゃになる。どうして?何が起こっている?俺たちは、どうなる───?

 少女は塗り潰した。自分で書いていた物語を塗り潰した。こんなの違う。こんなのじゃない。誰かのために、たったひとりで犠牲になるなんて間違っている。そんなことは、わたしがいちばんきらいだったものだ。それを自分で書いちゃうなんて。塗り潰したページは破り取り、丸め、ゴミ箱へ放り投げた。

 ひとつの世界が廃棄された。
 ひとつの可能性が廃棄された。
 ひとつの未来が廃棄された。

続くかもしれないし続かないかもしれません
なんか…創作でした。以上です

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