アンジェラ

創作です。続く。

 天使ってどんな姿をしていると思う?

羽根が生えているとか?頭にわっかが浮いてたりして。優しげな美女?それとも小さな子どもかな。…そうだね。だいたいは、そんな印象を抱くよね。宗教画とか、絵本とかで見る天使もそんな感じ。白い布みたいな服を纏ってたり、或いはなにも着ていなかったりね。
 じゃあ次にもうひとつ。天使の実在を信じるか?
…まあ、そうだよな。信じない人の方が多い。宗教の敬虔な信者でもないかぎり。この手の質問を友だち、知り合い…先輩や後輩にもしてみたけど、みんな信じてなかったよ。当たり前だけど。と、ここまで聞いてなんとなく察していることだろうが、その通りだ。俺は天使を信じてるし、見たことがある。だが期待するな。天使というと聞こえはいいが、君の思っているようなふわふわエンジェルなどでは決してないのだから。

 俺は、天使が苦手だった。
昔は天使が見えていたのだ。小学3年生ごろまで。天使は女だった。一言で言うと未来人?みたいな白い変な服を着ていて、いつも厳しい顔をしていた。そんな天使は何をしていたのか。ずっと、じいちゃんの傍にいた。じいちゃんの傍で仁王立ちしていて、少しボケの入っていたじいちゃんを介護しつつ、厳しく言葉を掛けていた。
「簡単に死ねると思わないで」
「私に過剰な優しさなど求めないように」
「貴方がしっかりしなければならないのですよ」
とか。でも、周りの人には見えていなかったんだと思う。ばあちゃんにそれを言っても、「あんたまでボケ出したのか」と言われた。母さんにも父さんにも、心配されるだけだったし。
 どうしてそれが天使だとわかったのか?彼女がそう言ってたから。俺に彼女が見えていることに気付いたらしい天使は俺に言った。
「私は天使よ。貴方のお爺様が、きちんと天国へ行けるように。残りの人生を、幸せに過ごせるように。私がお力添えするわ」
って。信じられるかよって思ったけど、見えてるのが俺とじいちゃんだけだったし、とても幽霊には見えなかったから信じることにした。

「天使が!天使がいじめる!」
じいちゃんはよく言ってた。みんなはそれをボケてるからだと考え呆れ、笑った。だけど俺には見える。天使がいじめ…いじめてはいないけど、じいちゃんをきつく叱っているのだった。こういうとき、間違いなく悪いのはじいちゃんの方。じいちゃん、頻繁に天使へセクハラしていたから。なので、天使も時々口悪くキレてた。俺は、うちのじいちゃんがごめん、と謝った。天使は
「全くよ!何度注意しても繰り返すし…ボケてるからというのもあるのでしょうね、けど分が悪くなるとボケていることを免罪符にしてこようとする姿勢は如何なものかと思います。それに一体幾つのつもりですの、95にもなって女の尻触って喜んでいるのをご家族はどうとも思わないのかしら!ああ見えていなかったのでしたわね。畜生!貴方からもよく言っておくように!」
と早口で返してきた。そのときの形相を忘れられそうにない。気持ちはよくわかるし、深く同情する。俺は小さく小さく萎縮しながら、震え声ではいと答えた。とにかく、目付きがきつくて、怖かった。

 決して悪い人ではないし、実際、彼女のおかげだと思う──じいちゃんはすごくいい顔で逝ったのだ。じいちゃんは死ぬ間際、天使を探していた。もう、ロクに目も見えてなかったらしい。天使はちゃんと傍にいた。天使はじいちゃんの手を握った。そしてなにか言った。じいちゃんは、満足げな顔をして息を引き取った。それ以来、天使は姿を消した。

 いい人じゃん、そう思うだろう?そうなんだよ。天使はキツくて厳しいけどとてもいい人だった。だけど俺は苦手だった。だって、怒ったときの顔と、早口で長い長い、それでいてこれ以上ないほど正しい説教を一息に言うところ。怖い顔で、まっすぐこちらを見ながらね。それがなんだかとても苦手だったんだ。

 そして、今。俺は25になった。天使のことも、忘れかけていた。そんな俺の前に現れた。現れてしまったんだ。


 苦手だった、天使が。

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