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平成の旅路 その5

扉を開けると中は正に豪華絢爛という言葉を具現化したような圧倒的な魔空間であった。

入口では屈強な黒人が分厚い二重扉を開けてニッコリと笑う。
床には真っ赤なカーペットが全面に敷き詰められており広いワンフロアにはど派手なジャンデリアに煌々と照らされた大小のバカラ台やルーレットが配置されており、更に奥にはVIP用の高レートテーブルまでもあった。
後で知ったがさらに別のフロアに完全個室の1人のお客の為だけに開ける更に高レートのVVIPなる物も存在した。

お洒落なカウンターバーや談話室なども設置されており誰もが頭の中でイメージするカジノの様そのものではあったが、壁や天井一面にビッシリと敷き詰められたウレタン製の黒い防音材がその異様さを際立たせていた。

黒服は文字通りスーツを着ているのだがそのポケットは全て縫い付けられている。
チップの持ち去りなどを防ぐ為の身内への措置である。

テーブルに着くディーラーは専用のユニフォームがあり勿論そのポケットも縫い付けられテーブルを離れる際はいちいち金属探知機で靴の中までしっかりと調べられる。

ウエイトレスもとびきり可愛い子ばかりを採用しており西洋風の可愛い制服に身を包みテーブルの灰皿や空いたドリンクを素早く交換したり食事を運び、ゲーム終わりにおしぼりを配ったりと働きバチが如くフロアをブンブンと飛び回りその可憐なスカートをヒラつかせていた。
テンプレ通りのセクハラをかましてケツを触るジジイ客などもいたが流石の裏社会の女達は誰もあしらい方がとても上手かったのをよく覚えている。他にもパチ屋の景品交換所のようなカウンターが店内に設置されており客から預かったチップをここで黒服が現金に変えて客に返すのも大事な仕事の一つである。

わざわざ密室でこのやり取りを介すのはやはり現金をチップに変えて非現実感を巧みに演出する為だと思われる。
十万円現金でテーブルに張るよりチップを張る方がお金を使っている感覚を麻痺する為だと思われる。

私は入ったからにはこの世界でのし上がってやると懸命に働いた。
一度の遅刻も欠席もせずお客の名前を漢字ごと誰よりも記憶してチップの扱いを毎日家で練習し上司の頼み事などは率先して受けて行った。

結果裏社会に入って三ヶ月も立たず
「シキテン」という役割を任されるまでになった。

シキテンとは店が入っているビルがある下で一般人に紛れながら待機をして客がエレベーターの前まで来たら上に携帯で連絡を入れてボタンをを押してもらい客と一般人を識別して迎え入れる役割である。

裏カジノが入っているビルなどは大抵そのフロアには止まりませんとエレベーター内でのその階のボタン自体が押せない仕組みになっている。

シキテンが連絡を入れるとドアマンがフロアのエレベーターボタンを押すというなんともアナログチックなシステムなのだがこれで一般人が同じビルの別のフロアから紛れる事を防いだり警察などを突入させない為の工夫でもあった。

従ってシキテンの役割になる為にはまず店に来る客の顔と名前を全て頭に叩き込まなければならない。
入って半年ですぐ分かったのは働いてるのは殆どが沖縄から中学を卒業してすぐにこちらに働きに出てきた若者や前科者、外国人などが多く日本人でも義務教育すら殆ど受けて来てないような表社会では爪弾きにされたものばかりでその殆どの人がまともに仕事が出来ていなかった。

黒服の1番の大きな役割はゲーム進行を見守り客だけではなくディーラー側にも不正やミスなどないかを見張り円滑にゲームを進めさせる為の大事な役割なのだがその黒服の殆どがボーッとただゲームが終わるまで眺めているだけで例え不正やミスがあろうが大抵気付かないボンクラばかりなのであった。

勿論例外もいてそういう人達は元々パチンコ屋の店長をやっていた人だったり銀行員でお偉い立場だった人だったりそれぞれ何かしらの理由で裏社会に入ってきた表社会でもエリートだった人達ばかりでもあった。

そういう人達は漏れなく何かしら台を見守る以外別の役割と役職を与えられていた。

それは毎月の給料にも関わるしなにより私には中では携帯が一歳使えないのが大変なストレスであった。
ある程度の役職に就くかもしくはシキテンになれれば上との連絡のために自分の携帯が使えるのは既に確認済みであった。

平社員の黒服やディーラー、はたまたウエイトレスまで客と連絡を取り合い不正をしたりするのを防ぐ為電源を切った状態で上に回収され仕事が終わるまで返ってこない。
一時間に一回のタバコ休憩中も暇を潰す為の携帯がない為、キッチンんではタガログ語が飛び交う中ヤニ汚れで一面真っ黄色に染まった東南アジアの寄り合い場のような雰囲気を醸し出し始めているヤニ臭い部屋で漫画なども禁止だった為ただただ皆ライターを回す事だけに意味を見出す不毛な時間を過ごすのが日課であった。

こんな情報社会が叫ばれるの昨今の世の中一日十時間も情報から強制的にシャットダウンされるのはSNS上の死を表すと同義であると感じるくらいには当時SNSは爆発的な伸びを見せていた。
インターネットは匿名でやるものとネットリテラシーから学んできたゆとり世代の私ではあるがここで乗り遅れれば文字通り死ぬ何か直感で感じ始めていた頃でもあった為同期や同僚の誰よりも真面目に仕事をして名前と顔を徹底的に脳に刻み込み歴代黒服の中でも最速でシキテンの称号を手に入れたのである。

ポケットの縫われたスーツでビルの下をうろちょろしていれば当然怪しいので私服に着替えて客が来れば目で合図をした後にコソコソと携帯で連絡を取りエレベーターへと誘導する。
まるでスパイ映画や漫画の中のキャラみたいだなぁと一般社会に紛れながら別の役割を演じる快感にしばらく酔っていた。

なによりあの世界から隔絶されたようなあの空間から1分でも外に抜け出せる喜びが凄かったがあまりに携帯に夢中になって客を見逃し怒られる事もしばしばあったりもした。

客の顔や名前を覚えるのは当然ではあるが私が最速でその立場になり得た1番の理由は客と積極的にコミュニケーションを取り続けてこちらの顔と名前を覚えてもらう事にあったと思われる。
こっちが覚えてなくても向こうに覚えさせて向こうからから話しかけさせさえすればこっちはああ客かと気付くことが出来るしやはり対面でしっかりと顔と目を見てから名前を確認した方が覚えやすかった。

半年経つ頃には上司ですらあの客の名前教えてくれと聞きに来るようになり店の中で
一番の顧客リスト持ちとなった。

元々暗記は比較的得意な方ではあったがここでは周りのレベルがあまりにも低すぎて表社会では当たり前にやるような仕事が実力以上に評価されてそれが給料にも即反映されるというまさに実力主義な世界であり四ヶ月ごとに査定されてやっと給料が1万上がるか上がらないかの世界から来た私にとっては正に天職だと感じれらるくらいにはこの世界にどっぷりとハマっていった。

ある日出勤するといつもと様子が違った。
上司は全員私服であり、軍手などの作業用具を用意していた。
「明日警察の突入あるかものタレコミ入ったから今から台を別の場所に運ぶ」
簡単に事を言う上司と確かにあの台高そうだし押収されたら痛そうだもんなぁと場違いな感想を私は抱いたが、そもそもタレコミが入る事には全く疑問を持たなかった。
なにせ天下に名高い悪徳警察が蔓延る我が県内であった為それくらいの事はあるのだろうと脳が勝手に理解するくらいには我が地元の警察は過去に犯した数々の不祥事のおかげで全国にその名を轟かせていたのであった。

台を分解してブルーシートを被せてエレベーターには入らない為非常階段からせっせっと別のビルにある倉庫へと運び出す。
二台だけ店に残して後は捕まり役のディーラー、客役、責任者、チップを現金に交換する景品場の中の人、社長役など予め全てを配置して次の日の営業を迎えた。
完全な出来レースである。
捕まり役の人達はこの時の為に毎月危険手当と言う名の特別手当を貰っており全員が覚悟の上での逮捕である。

起訴になるかは運次第ではあるが例え牢に入れられようが中での差し入れなどは勿論のこと
出た後は別で報酬が出るし勿論もう同じ場所では働けないので表でのフロント企業などに出向させたり裏方の役割を与えられたりとその後も手厚く面倒を見る保証契約がされてあるのもありお互い了承の上での契約である。

そしてまた場所を変え名前を変え次の日にはもう営業を開始する。

こうやって裏社会は確固たるシステムの中今も街に潜み続けている。
これは漫画や映画の世界では無い現実世界の話である。

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