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『碧と海』 連載小説【5】

 桂木がまだ陸上部と掛け持ちになる前のとある昼休み。忘れ物を取りに体育館を覗いた俺は、バスケをしている桂木たちを見つけた。桂木のことは知っていたけど、まだ話したことはなかった。メンバーは優しくてイケメンで超人気者の安達をはじめ、各部活の花形の男女が集まっていた。すでに出来つつあったカーストの上の方いる人たちだ。とはいえ、本人たちはただ同じレベルでスポーツが出来る仲間とつるんでいるだけなのだが、集まってしまうと気軽に仲間にしてくれと言えない威圧感が出てしまっている。体育館の隅にはそんな彼らを遠巻きに、まぶしそうに眺めている女子が何人かいた。

 運動神経抜群の彼らは、ふざけたりからかいあったりしながらも器用にボールを運び、気持ちのよいリズムを体育館に響かせていた。俺は、置き去りにされた自分のタオルを見つけると、見学女子の脇を通って取りに行く。その時に彼女たちの会話が聞こえてしまう。

「あいつ、安達くんにくっつき過ぎ。同中だからってむかつく」

 俺はタオルを拾うと、彼女たちの視線の先を見る。安達を上手くかわして面白そうに笑っている桂木がいた。背が高くて、利発そうな女の子。入学してから何度か視線を交わした事があったけど、何故か向こうからの視線が冷たい。楽しそうに笑う彼女は意外だったけど素敵だと思った。

「ビーサン!」

 俺に気付いた安達がデカい声で叫ぶ。その呼び方まじでやめてくれと思いながらも、笑顔で答える。そう、安達とは学校は違ったけど、水泳教室が一緒だったのだ。中学に入ってお互い辞めてしまったので交流は途絶えていたが、高校で再会して、また話すようになっていた。

 安達は当たり前のように「一緒にやらないか」と誘ってくれた。「全然人数が足りないんだ」って。こいつは昔から誰にでも平等で、分け隔てなく優しさや笑いを与えられるいい奴だ。人懐っこい笑顔は昔のままで、でも悔しいことにだいぶイケメンに成長していた。俺は喜んでバスケに参加した。桂木と同じチームになり、初めて話をするチャンスが訪れた。でも、他の奴らとはすぐに打ち解けられたのに、桂木とは話すこともパスし合うこともなかった。

 その日から昼休みになると俺は、体育館で安達たちとスポーツに興じた。周りが勝手に羨望の眼差しを向けているだけで、彼らは実際にはただ純粋に運動をしたいだけの運動バカ集団だった。かっこつけようと思ってやっているのではなく、休み時間毎に校庭に走り出てドッヂボールに燃える小学生の感覚と同じだ。バスケはもちろん、バレーボールも卓球もバトミントンもやった。俺もすっかり楽しんでいた。ところが、桂木とはなかなか距離が縮まらない。俺を見る目が冷たい。安達とはハイタッチしても俺とはしてくれない。しかも、桂木が陸上部を掛け持ちするようになってからは、俺への視線がさらに冷たくなったような気がした。

「桂木って、俺のこと嫌いなのかな」

 安達と二人になった時に、俺は思い切って聞いてみた。安達は笑って、「照れてるだけじゃないかな」とかぬかす。

「照れてるって、まさか。俺けっこう睨まれたりしてるぜ」

「つうか、あいつさ、陸上部でうまくやれてんの?」

 安達と桂木は同じ中学で、今は同じクラスで同じバレー部なんだ。

「実はさ、女バレの先輩の中にいるんだよ、あいつの掛け持ちのこと気に食わないって人が。最近、風当たりが悪くなってんだ、桂木」

「ああ、うん。こっちでも似たような感じ」

「やっぱりか。あいつ、頼まれたら断れないし、やるからには手、抜けないんだろうな」

「真面目なのか」

「俺は好きだけどな」

「え?」

「真面目でちょい不器用な桂木」

「まじかよ? つーか、そんな事言っていいのかよ。チア部の彼女は?」

「まだ付き合ってるわけじゃない。仲良くしてるだけ」

「またまたぁ。つうか安達さ、桂木と同中だったよな」

「ああ」

「あれって、どうなの? 噂」

「ああ、レズだとかいうやつな」

「本当なの」

「さぁな。女子の噂は真に受けない、拡散しない、糾弾しない。本当のこと知りたければ、本人に聞いたらいい」

「だよな」

「気になる?」

「え?」

「桂木。俺は結構可愛いいと思うんだけどな」

「ええっ?」

 驚いて思わず声が上ずる。

「うそ、何が? どの辺が?」

 安達はクスッと珍しく意地の悪い笑みを見せる。

「佐倉、そんなこと言って、好きなんじゃないの?」

「ま、まさか」

「俺は正直、桂木もありかなぁって思ってる」

「は? おいおい、マニアックすぎるだろ」

と言いつつ、ひやりとした焦りの気持ちが体中に染み渡るのを感じたんだ。


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