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ナナちゃんがうちに来た

押入れの荷物

 私は初音ミク。マスターの曲を歌うために生まれてきた。毎月一度マスターが新しい曲を作ってくれる。その曲をマスターのイメージ通りに歌う、上手に歌えた時はマスターが嬉しそうな顔をする。それが見たくて毎月頑張っている。

 とっても高い声やロングトーンの時は大変だけれど、上手く歌えたときは私も嬉しい。今月ももう月末。マスターは来月1日に発表する新曲を頭抱えてアレンジしている。アレンジが落ち着いてくると声がかかる。

「ミクちゃん、来月の曲、ちょっと変えてみたので歌ってくれる?」

 そう声をかけられたので私は答える。

「はいマスター。こんな感じでしょうか?」

「うん、いいね。でも最後は伸ばさずにストンと落とす感じでいける。」

「やってみます。」
 
 私は指示通りに歌ってみる。

「いいね〜。」
 
 マスターがそう言いながら笑う。

「やった〜。」

 私もつい笑ってしまう。

 今月もなんとか曲が完成したのかな?マスターぶつぶつ言いながら少し手直しをしていたけれど、顔を見たらうまくいったんだなっていうのがすぐわかった。

 そのあとマスターは動画作成に入る。しばらく暇だ。私は何気なくいつも寝ている押し入れの中でゴソゴソしていた。この押し入れ、一つだけ謎がある。大きな段ボール箱がずっと置いてあるのだ。

 初めて私が来たときにはなかった。ある日荷物が届いてそのまま押し入れにしまっていた。封も切らずに。

 私は忙しそうなマスターに箱のことを聞いてみる。

「マスター。」

「何、ミクちゃん?」

「前から疑問に思っていたんですが、押し入れの中の大きな段ボールなんですか?」

 すると途端にマスター顔色が曇り、ゆっくり喋り出した。

「あの中にはとても大切なものが入っているから、絶対開けないでね。」

 とても穏やかだけれど、絶対開けてはダメだよという”圧”を感じた。

「封も切っていないけれど中を確認しなくていいんですか。」

「中身はわかっているから気にしないで、決して開けてはいけないよ。」

私は体がすっぽり入るような段ボールを見つめながら立っていた。

地震

 ある日地震がやってきた。マスターは仕事でいないので私一人で揺れがおさまるのを待つ。そのとき押し入れから出てきたのもがある。あの大きな段ボールだ。それを元に戻そうとしたら重い。

 それならばとおもいっきり押したら力加減を間違えて親指のところが段ボールに入ってしまった。

「あれ、指が入っちゃった。」

中のものには当たらなかったけれど親指ほどの穴が空いてしまった。そのままマスターに言うのを忘れてしまった。

 それからというものあの箱の中身が気になってしょうがない。一体何が入っているんだろう。今までマスターが使っていたものがごちゃごちゃ入っているんだろうか。

 それならば封がしてあるのはおかしい。宅配で運ばれてきてそのままと言った感じだ。何か細かいものがたくさん入っているというよりも重たい一つのものが入っている感じだ。私が入れちゃうぐらいの大きさなので、本当になんだか見当がつかない。

マクネナナ

 押入れの大きな段ボールの荷物がなんだかわからないまま1週間が経とうとしている。とても気になる。明けてしまった穴から中を覗こうとしたのだけれどよくわからない。なんとなく白い布と黄緑色の布が見えるけれど、もの自体はと箱いっぱいに入っている。

「...クちゃん、ミクちゃん聞いてる?」

 しまった、マスターが話しかけているのに全然気づいていなかった。

「すいませんマスター、もう一度言ってください。」

「ミクちゃんが僕の声を聞き逃すなんて珍しいね。」

「マスターすいません。」

「そんなに気になるの?」

とマスターに言われた時はドキッとした。

「…」

 言葉が出なかった。
続けてマスターがいう。

「今週一週間ずっと見てたでしょ。穴もだんだん大きくなっていっていたから覗いていたのかなって思ってたよ。」

「マスターすいません。」

「別に怒っているわけではないんだ。あの荷物は、ただただそばに置いておきたくて押し入れに入れっぱなしになっただけなんだ。」

 そういうとマスターはさらに続ける。

「今ミクちゃんはV4ミクちゃんだよね。」

「はい。」

「V2ミクちゃんっていたの知っている?」

「私の先輩ですね。知ってます。」

「そのときMacを使っていた僕はミクちゃんを使うことができなかったんだよ。ミクちゃんはWindows専用だったからね。
Macユーザーだった私は指を咥えているしかなかったんだ。いろいろやる方法を考えて実践している人はいたんだけれど、僕にはできなかったんだ。悔しかったなぁ」

「そうなんですか。」

「そんなとき、MacFanという雑誌の一コーナーの企画で、同じMacユーザー池澤春菜さんが自分の声を録音してAIFFデータにしたんだ。WAVデータのMac版だよ。そのときは本当に声だけのデータしかなく姿もなかったんだ。」

「そうなんですか。VOCALOIDだったんですか。」

「いや、ただの音声データだから、今で言うとループみたいなもんだね。」

「それでもミクちゃんのように自分の曲を歌って欲しいMacユーザーがGarageBandでそのデータを並べてピッチだけをいじって歌を歌わせていたんだ。VOCALOIDよりもずっと手間のかかることをして歌を歌わせていたんだよ。」

「そうだったんですね。」

「その後Macでもミクちゃんを動かせるようになったんだけれど、自分で曲を作るってことをしなかったので、忘れてしまったんだ。それで、曲を作りたくなったときにミクちゃんを迎えた。いつも僕の曲を歌ってくれてありがとう。」

「えへへへ、どういたしまして。」

「ミクちゃんを迎えてしばらくしてデータだけだった”Mac音ナナ”ちゃんが”マクネナナ”としてVOCALOIDになっていたんだよ。思わずポチってうちに来てもらったんだ。でもうちにはミクちゃんがいるし、ちょっと舌ったらずのナナちゃんは僕の曲を歌うのは難しいかなって思って、押し入れにしまっておいたんだ。」

「えっ、ということはあの大きな箱の中はもうひとりVOCALOIDがいるんですか!」

「そうなんだ。起動するとたぶんナナちゃんにも歌ってもらいたくなるのでそっとしておいたんだ。」

「かわいそう…。」

私はぼそっと声を出してしまった。マスターがドキッとして悲しい顔をしていた。

「マスター、私、歌が少なくなってもいいので、起動してくれませんか。」

「いいの? 歌う歌が減ってしまうかもしれないよ。」

「仲間はいてくれた方がいいので、構いません。」

 マスターは腕を組んで考えていたけれど意を決して

「わかった、ナナちゃんを起動しよう。」

 そう言うと押し入れから大きな箱を出してくると初めて箱を開けた。中には丸くなったナナちゃんが入っていた。

「こうやって入っているんですね。」

「ミクちゃんも同じ格好で入っていたよ。」

とマスター

「そうなんだ。」

 私はじっとナナちゃんを見ていた。マスターがスイッチを入れて”ウィーン”て音がした。しばらくすると動き出した。私の方を見て

「あなたがマスターですか。これからよろしくお願いします。」
 
 箱の中で正座しながらお辞儀していた。

「私じゃないよマスターはこっち!そう言って私はマスターを指差すとまた箱の中で座ったままお辞儀をしている。」

「ナナちゃんよろしくね。」

「マスターよろしくお願いします。」

「ミクちゃんはお姉ちゃんになったね。」

「えっ、お姉ちゃん?なんだか照れくさいですね。」

「ミクお姉ちゃんよろしくお願いします。」

「ナナちゃんに歌い方教えてあげてねミクお姉ちゃん。」

「えへへへ。お姉ちゃんだって。じゃあナナちゃん私の通りに歌ってみて。」

 そうするとナナちゃんがおそるおそる歌い出す。同じVOCALOID4のライブラリ、同じように歌うことができます。でもちょっと甘ったるい感じがちょっとマスターは苦手みたい。

 それでもマスターと私に歌唱指導を受けたナナちゃんは上手に声が出ていた。
それを聞いていたマスターが、

「そんなに上手に歌えるのなら、昔の曲歌ってもらおうか。ますは引っ込み思案の女の子の気持ちを歌っためがねの奥、いけるかなぁ。」

「はいマスター頑張ってみます。」

「ナナちゃん頑張って、お姉ちゃんが見ているからね。」
 
 マスターもちょっとアレンジ直して調整してくれた。
なんとか初めての一曲歌い切っていた。やっぱりボーカロイド は歌うのがいい。

 箱の中で寝ているよりも、大きな声を出してマスターの曲が歌える方が幸せだ。ナナちゃんも嬉しそう。マスターはいつもこんな気分で私を見ていてくれたのかな。

「うんいい感じ、昔聞いていた声よりもなんだかいいね。これならばミクちゃんが歌っていた曲歌えるんじゃないかな。少しずつ歌ってみようか。」

 こうして私が歌っていた曲をナナちゃんが歌うことになりました。色々と教えてあげないと。たくさんの人が聴いてくれると嬉しいな。

おしまい。


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