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魔法が使えない魔法使い #お話

いつもの景色

ここのところ雨だった。それが晴れて久しぶりのお天気。気持ちのいい青空にまだ雲はない。朝日が低いうちはまだいろいろなものに影がある。光と影どちらも切っても切れない関係だ。光あるところに影ができる、光ないところに影はできない。もうそれは闇である。

私はこの静かな朝が好きだ。まだ人々が動き出す前の静かな朝。しばらくすると朝の忙しそうな風景に変わる。その前の静かな街を一人歩くのが好き。師匠の魔法研究所に通ってしばらく経つ。師匠といっても親友サリアの母親だ。初めのうちは魔法が使えなくなった自分に劣等感を持ち、人と顔を合わせるのが嫌だった。家の車で送ってもらっていた。

師匠が「ここまで歩いてきなさい。」と言うものだから渋々歩いてくるようにした。でも人と会うのは嫌だったので朝の早い時間に来るようになった。早く着いて研究所を掃除する。ものの有無をチェックする。いつ師匠が来ても大丈夫なように準備をしていく。時間が余れば古代魔法文字の解析に時間を割く。

たまにサリアの起き出す前に来るけれど、ふたりの小さな言い争いはしょっちゅうだ。サリアは別の魔女のところで魔女見習いとして修行中。そこに隣住む幼なじみの男の子トールがいる。サリアとはカップルのように見えるがお互いの気持ちは打ち明けてはいないみたい。

休みの朝

今日はお休みなのだけれど、師匠に来てくれと言われていたのでいつも通りに来た。そうしたら弟子のポーくんまでやって来た。私より年下でまだ学校に通っている。魔法学校では優秀らしい。たまに勉強は教えたりする。以前ちゃらちゃらしているときに声かけられたけれど、無視していたら倒れたので師匠に治してもらった。その縁でこの魔法研究所に通うようになった。

「テリアさんおはようございます。」
「おはようございます。」
「師匠、今日は何の用ですかね。お休みのしかも朝に来てくれって言うの珍しいですよね。」
「そうね。珍しいわね。」
「何かあるのでしょうか?僕は定期テストが終わったばかりなので、気分いいですけれど。」
「わからないわ。何か師匠に考えがあるのでしょう。」

と言うとサリアとトールもきた。

「おはよう!」と元気な声のサリア
「おはようサリア。今日はお休みなのにサリアまで呼ばれたの?」
「うん、そうなんだ。トールと一緒に来てくれ。ってママが言うからきたよ。」

あとから「おはよう」って静かにトールが入ってきた。

「おはよう、テリア久しぶりだね。」
「そうね、ここに通ってきているから、すぐ近くにはいるのに会わないわね。」

などと他愛もない話をしていた。

落つる星

しばらくしていると師匠が入ってきた。

「みんないる〜?」
「ママ、今日は何?何の集まり?みんなで旅行でもいく?計画立てる?」

と少しふざけているサリア。

「今日は真面目な話よ。」

私とポーからしたら師匠なのだけれどサリアからは母親、トールから見ると小さな頃からお世話になっている隣のおばちゃんだ。温度差があるのは仕方がない。

でもそのサリアもピシッと背筋が伸びるようのトーンの喋り方。何かあると直感した。師匠はたまにそんな感じの空気を出すときがある。たいてい厳しい話だ。普段は物腰の柔らかい素敵な年上の女性なのだけれど、そうなるときがある。

「4人集まっているわね。みんなちょっと聞いてくれる?ずっと何年も観測し続けて、昨日確信しました。”ワガママ魔法使い”と言う絵本は知っている?」
「知ってる知ってる。うちに絵本あるもんね〜。」とサリア。
「たいてい子どもは読んだことあるよね。有名な絵本だし。」とトール。
そのとき私はピンときた。
「もしかして、また…。」
ちょっとつぶやいてしまった。
「そう。また来るのよ。」
と師匠。サリアが
「ん?なになに?何が来るって?」
と脳天気に話している。
青ざめる私に師匠は続けていた。
「実はまた落つる星がやってきます。この世界を終わらそうと落ちてきます。」
「ん?どう言うこと?世界が終わる?」
何となくしか状況を理解していないサリア。
「”ワガママ魔法使い”の絵本のように星が落ちてくるのを何とかしないといけません。」
「え〜、それ本当のことなの?大変なことじゃん。それならば"星落しの魔女"にまた落としてもらおうよ。」
「そうはいかないのよ。」と頭を抱えている師匠。
「前回星を落としたときは、世界中の魔女に集まってもらいました。そのすべての魔法をかけて打ち砕きました。今まで何度も来ている落つる星、古代魔法の星落しの魔法で落としています。しかも、”星落としの魔法”は唱えられるのは一生に一度だけ。それでも先代の魔女たちは星を落としてきました。
でも落とすといっても砕くだけなのでたくさんの流星は降り注いできたわ。地上は焦土と化し滅びた王国もあるの。それでも人はまたそこから栄えてきたのよ。」
「でも絵本の魔女は砕いた岩をすべて焼いて森を守ったのよね。私の憧れなんだぁ。」
と得意げのサリア。
「しかもおなかの中に赤ちゃんがいたのに、世界を救ったんだよね。」とトール。
「まあ私は光の魔女だから、星の魔女でもあるので星落しの魔法は使えるんだよね。火の魔法もつかえるから岩を焼くこともできた。」
と師匠がちょっと得意げである。

「何いっているのママ、ママじゃなくて"星落しの魔女"のこと言っているの。口出ししないでよ。」
得意げな顔をやめない師匠に代わって私が説明する。
「サリア、あの絵本に登場する魔女って師匠のことなのよ。そうですよね。師匠。」
さらに得意げの顔がパワーアップする。
「えっ、なに、ママが…星落しの魔女!ありえないありえない、私の憧れの魔女がママだったなんて。」
サリアは驚きを隠せないで騒いでいる。トールもポーも驚いている。確かに知らないのは当たり前かもしれない。師匠は表立って言ってないし、逆に隠しているようだった。普通の生活を送るにはその方が都合がいいからだ。

「じゃああのときおなかの中にいたのって私…。」
「そうよ、サリアなのよ。偉大なる魔女(グレートウィッチーズ)の称号をもらった師匠のお腹の中の子供はサリアなのよ!」
まだまだ驚きを隠せないでいるサリアに師匠がつづく
「そのときのお礼でこの魔法研究所とお家は建てたのよね。」
「じゃあ、あの絵本の中に出てくる完璧な魔法陣を作ったのは…。」
「そう、おばあちゃんよ。」
まさかあの絵本の中に自分を含め、母親、祖母までが出ているとは思わなかったみたいだ。

動揺しているサリアを横に師匠が続ける。
「今回魔法でまたこの星を落としたいと思っています。」
あぁ、このとき私は自分が役に立たないことを知る。自分は魔法が使えない。こんな魔法使い見習いはいらないのだ。でもやれることがある。この魔法研究所の一員として力尽くそう。雑用でもなんでもいい。師匠が続けている。

「まず前回は条件が良かった。満月の夜、魔力が数倍になる。しかも魔法の量も増える。これは魔力が月の力に影響を受けているから。それはみな学校で習った通りです。満月の夜は日暮れとともに月が出てきます。魔法陣を書いて月のエネルギーを溜めて一気に打ち砕き、さらに焼き上げた。」

「今回はどうなのですか?」
「とても悪いわね。二十六夜です。次の満月を待っていたら、星が落ちてきてこの王国は滅びるわね。」
「ええ〜。」とサリアが驚いている。
「ひと月前の満月の時に魔法をかけても、星が遠くて届かない。だから落ちてくる二十六夜に仕掛けます。」
「でも師匠、二十六夜っていったら、月が三日月ぐらいの大きさですよね。」
「そうねちょうど左右反対の形。」
「月の光に当てて、私たちの魔力を高めることは難しいのでは?」
「そのとおり。しかも月が出てくるのが夜が明ける少し前。」
「と言うことは月の光を魔法陣に当てる時間も少ししかない…。」
「優秀な弟子でありがたいね〜。」

「それより、星落しの魔女は見つかったのですか?」
と言ったあと私は思い出していた、サリアが星落しの魔女なのではないかと。学生の頃からずっと見ていたサリア。魔法の技能ならば誰にも負けない。魔法の正確さ、魔力の強さ、耐久力。すべてサリアには敵わなかった。魔法を失ってからはもう語るまでもないけれど。

「それが見つかったのよ。こんなにも自分の近くにいるなんてわからなかったわ。灯台下暗しね。」
やっぱりサリアだったんだ。親子だから素質はあるはず。サリアなら魔法の技能に関しては問題ない。むしろ一番いいのではないかと思う。そう思っていたところに師匠が言う。

「そう、テリアあなたなのよ。あなたが魔法を唱えて星を落とすの。」

言われたとたん混乱した。なぜ私?我が家は伝統的に魔女が出やすいとはいえ、私なんだろう。”星落しの魔女”になれるのは本当に少ない。本人も気付いていないので、なかなか見つからない。しかも落つる星が近づいてこないと”星の魔女”は気付かれない。見つかるかは偶然に頼るしかないと昔師匠に聞いたことがある。はっと我に返ると師匠が弟子の優秀さを語っているだけだった。

「でも師匠、私は魔法が使えません。」
「はい、弟子のことだからわかっていますよ。それでこの4人に集まってもらったわけ。いい説明するわよ。」

もうみんな師匠の一言一句を聞き逃さないようにという気で満ちていた。

「まず魔法を唱えるのはテリア。あなたが魔法を唱えて。でも魔力が足りないので魔法が発動しない。」
「じゃあどうすんの?ママ?」
「ここでサリアあなたの登場、テリアにその膨大な魔力を送り続ける。」
「そんなことできないよ。」
「はいはい続きがあるからちょっと聞いてて。」
「うっ。」
「テリアとサリアを繋ぐ方法はトール君あなたよ。」
いきなり振られて驚いている。

「テリアサリアと仲良しだし、二人を繋ぐにはちょうどいいの。」
それを聞いて私は赤くなる。そう確か古代魔法に魔力を受け渡すの方法があったのを思い出した。魔力を与える方ももらう方もお互いを信頼していないとできなかったはず。師匠には彼のことが好きで魔法が無くなったこと気付いているのだろうか。

「もともと男の子は魔法使いになれる子は少ない。しかもできたとしても魔女とは違う。補助的な役割を担うことが多いの。でも勘違いしないで、魔女よりも下ではないのよ。魔女が使えない魔法の力をたくさん持っている。むしろ必要なんだけれど発掘されていない。」

師匠が声を荒げている。

「さらに言うとここでポーくんの登場。ポーくんはアコニツ家の人間でしょ。」
「はい。でも何か関係があるのでしょうか。」
「アコニツ家は代々魔法の薬を作ってきた家系。だから王家の毒に対する知識も豊富。それで貴族の間で争いが起きたほど。だから王家はアコニツ家を保護すると言う形で抱えているの。」
「それで僕は…」
「ごめん、ごめん。だから魔法の薬で3人の魔力を回復しつつ、結界を張って無防備な3人を守って欲しいの。」
「で、できるでしょうか。」
「大丈夫よ。あの魔法の薬を作って使っても平気だったんだから。」
「あわわ〜、師匠それは言わないでください。」
と言いながらポーくんが慌てている。何でかはわからからなかったけれど顔が真っ赤だ。

「いい、みんな。テリアが魔法を発動とともに、サリアが魔力を供給。それをつなぐまさしくパイプ役はトールくん。それを守るのがポーくん。そんな形ね。でも簡単ではないわ。4人別々の魔法を同時にかけていくのだから連携が大事なの。一人でも失敗したら星は落ちてくるわよ。」

「でもママ、世界中の魔女たちを集めないの?」

「もちろん集めるわよ。それで今回の星は私が落とした時よりかなり大きい、もし失敗したら街の人も国もみな滅びてしまうかもしれない。そうならないためにも街を守る方にある程度使おうかと思っている。誰一人失いたくないのよ。」

「それならば人を一か所に集めたらいいのではないでしょうか。」と私が言うと。
「そのつもりよ。ではどこに集めると思う?無数の岩が落ちてくるので、頑丈な建物がいいわ。」
「師匠、もしかしてお城ですか。」
「正解。お城にすべての民を集めて避難させます。すべての魔女の魔法を使っておばあちゃんがそこに魔法陣をかける。だからあなたちもお城から星落しの魔法をかけてもらうわよ。空がいいちばん近い玉座の間の上からね。」

とにかく今回の話は驚いたことばかりだ。

「サリア、魔力の源ってなぁに?」と師匠が聞いている。
「知っているわよそれぐらい、”愛”でしょ”愛”。親子の愛、兄弟の愛、普通に男女の愛。誰かを好きっていう心から魔法は力をくれるんでしょ。あの魔法学校卒業したんだから。」

「そうね、だからこれを成功させるために4人の心をつなぎます。4人がひとりの魔女になるようにつなぎます。」
「どう言うこと?」
「本当にそのままの意味よ。心をつなぐと隠し事はできないわ。思ったことがそのままつないだ相手に伝わるし、昔思ったこともすべてわかってしまう。」

そう言うと師匠は頭を下げてみなに言う。

「私はこの世界を守りたい。魔法が一度地に落ちた世界だけれど、少しずつ世間に認められつつある魔法のある世界を守りたい。この世界にはまだまだ魔法に否定的な国もある。それでも守りたい。そのためにはあなたたち4人と力が必要なの。だからどうかお願いします。」

いきなり頭を下げている師匠、私たちは驚いて呆然と見ている。でもわれにかえったサリアが
「へへん、しょうがないわね。じゃあやるしかないわね。」とサリアが息巻いて張り切っている。

私はサリアの勢いに任せてうんと言ってしまったけれど、気がかりなことがる。
心をつなぐことだ。あのことがサリアに知られてしまう。そう、”彼を好き”になったことだ。このことは誰にも言っていない。親友の好きな人を好きになってしまった自分の心を親友に覗かれてしまうのだ。なんということだろう。このことは墓まで持って行こうと思っていたのに。

このとき師匠が私を見ていたのは気付いていなかった。

準備

そのあとのことは師匠が中心になって進めていった。女王に謁見して星落としをすることを報告しにいったり、女王は師匠に協力的だったけれど、城を避難所とすることに反対する貴族たちもいた。それを説得したり、城は上からの攻撃に強くないので星が落ちてくる方向の屋根や壁を強化したりしていた。後世の魔女たちが困らないようにと、すべてのことを私に記録するよう頼んだ。

街に出ると、人々が落つる星の話をしていた。女王が民たちを大事にしているのは日頃から伝わっていたのと、女王の丁寧な説明にみな納得してた。商人たちは資材を投げ打って城の補強をしたし食材の確保も商人のスピードで的確に行なっていった。

国の危機にみなができることをしていた。民たちがやけになったり、不安から暴動が起きて、星が落ちる前から世紀末のような様相になったことも過去の記録にはあったけれど、今はみな平静に生き残るためのことを考えていた。

着々と準備が進んでいく街を見ていて、断ると言う選択肢はなかったけれど、自分が魔法を打つなんて思っていなかったのでその重圧に潰されそうだった。父と母はやりたいようにやりなさいと言ってくれたし、断るのなら断ってもいいともいってくれた。

自分が進みたい道に行くのであるならば家は捨ててもいいとも言ってくれた。そんな気はさらさらないし出来る限り頑張ろうとは思っていた。母の姉の魔女おばさんも話を聞いて駆けつけてくれた。応援してくれるのは本当にありがたい。

ある日、その日の交渉やら準備やら終わって魔法研究所に戻る途中、夕日がきれいだった。

「きれいよね」
と師匠が言うとそこにはとても大きくてきれいな夕日があった。
「後ろには満月ね。」
私は後ろを見て満月が出ているのを見た。疲れているのといろいろな思いが胸に詰まって師匠の言葉を返さなかった。
「プレッシャーかしら。」
私はどきっとした。
「はい…。」
やっと私は返事をした。

「あなたに星落しの素質があるとは思っていなかったわ。でも今は確実にあるって思えるわ。」
「いえいえ、そんな…。」
「こんな重荷を背負わせて申し訳ないと思う。でもこんなきれいな世界守りたいと思わない?」
「はい。思います。」
私も朝の風景は好きだし、晴れた朝の風景は好きだ。

「私はね…」
と師匠がしゃべりだしたときに勢い余って話しかけてしまった
「師匠は怖くなかったのですか!」
「う〜ん、まあ必死だったかな。一度は世界を救おうなんて思い捨てたのよ。」
「えっ、師匠ほどの方がそんなことないです。」
「それがあるのよ。私が若い頃は魔女狩りが横行してね…。」

あの師匠が少し涙ぐんでいる。
「私たち魔女はとても長い時間生きるわ。傷ついても回復もする。それで魔女を恐れた人たちは、魔女に関係ある人たちを殺し出したわ。魔女を精神的に殺していこうという風になったみたい。」
「そんな…」
「今じゃ考えられないでしょ。今の女王はとても考えが深いお方なので、魔女が人に危害を加えたりしなんてしないってわかってらっしゃるのよ。」
「わかります。」

「でもそのときの王は徹底的に魔女狩りと称して魔女の周り人間を次々と殺していったわ。私も親友を目の前で殺されたわ。だからは私は人と関わらないように森にひとりで住むことにしたのよ。その他の魔女たちも人との関わりを捨てていろいろなところに住んだわ。」
「そうだったんですか…。」
「そこで出会ったのがパパなの。世界を捨てた私に世界がこんなにも素晴らしいということを教えてくれたのよ。」
「師匠が世界を捨てた…。」
「びっくりした?そのとき星が落ちてきた。」
「えっ、それが前回の?」
「そう、前回の落つる星のときね。このときサリアがお腹の中にいてね。」
「このときだったんですね。」
「私、サリアのためだけに星落しの魔法を使ったのよ。」
「サリアのためだけ?」
「そう、一度は魔法の無くなった世界など滅んでしまえばいいと思った。でもパパと会ってサリアができて、サリアに世界を見せてあげたいと思ったの。」
「そうなんですか?」
「そう、3人で暮らしたいって思い、たった一人のために星落としを行なった。もちろん絵本の通りたくさんの魔女に協力してもらったわ。でもね、あなたも国民を救おうとか、世界を守ろうとか考えなくてもいいの。嫌だったらやらなくてもいいのよ。」
「そんないまさらやめられませんよ。」
「その責任感があなたの心を潰していない?あなたは昔からちゃんとしてきた。しかし人なんてみんなちゃんとしたわけではないし、世界が終わるなんてときに慌てるのはたいてい大人よ。」
「でも師匠が準備してくれているし。」
「それはいいの、だってみんな死んじゃうんだから。やめたら何もかもなくなるだけ。文句言う人はいないわ。」

少し辺りは暗くなってきた。文字通り二人の間に沈黙が入ってきた。少し考えたあとテリアがしゃべり出す。

「師匠、私朝研究所に行く静かな街並みが好きです。」
「そうね。」
「あの朝日がもうみられなくなるのは辛いです。」
「そうよね。」
「だから頑張ります。世界を救ってみせます。」
「まだいい子でいようとするのね。じゃあ言っちゃいましょうか。」と言いながらちょっと笑っている。

「何をでしょう」
「彼、トールくんのことでしょ。」
私はドキッとして立ち止まってしまった。
「やっぱり。」
「どうしてわかったんですか?」
「ちょっとぉ、私あなたの師匠なのよ。弟子の考えているとこぐらい少しはわかるわよ。」
「おみそれしました。今まで誰にも打ち明けたことないので。」
「それが今回の作戦で心をつないだときにふたりに知れてしまう。それがつらいのね。」

「はい…。」

「私が提案した方法だけれど、無理なら断ってもいいのよ。」
「いえ、やります。師匠、星落しの魔女ってそのあと長くは生きられないんですよね。」

「知っていたの?私はまだ生きているのは火や水の他の魔女の特性も持っているから。でもあなたはもう星の魔女の特性しかない。でも私の魔力で最大限死の淵からは救い上げるわ。」

「ありがとうございます。ふたりに知られるのであるならば、いっそ命燃え尽きたほうがいいかもしれません。」

「やめて、馬鹿なこと言わないで。弟子が師匠より先に死ぬなんて言わないで。」

師匠あんなに怒った顔見るのは初めてでした。

「あなた、やるからには最後まで諦めてはダメよ。」
「はい。」
「その乙女の心、星にぶつけてあげなさい。きっと魔力の足しになるわよ。」
「わかりました。」
もう私には迷いはなかった。やるからには最後までやり抜こう。この師匠の名前を世界に知らしめよう。私が星を落とせば研究所も有名になるでしょう。どんなことがあっても星を落として未来をつかもう。たとえ二人のあのことが知れても。


親友

日に日に落つる星が大きくなってきた。夜に見えていたけれど、もう昼にも見えるようになってきた。

師匠が
「大きい。計算していたより大きい。これは魔法の計算をしなおしておばあちゃんに報告ね。」

そんなこと言いながらバタバタしている。私は特にやることない。呪文が発動したらその呪文の魔力はサリアが供給してくれる。この前も4人で合わせたときはバッチリだった。ポーくんのバリアも丈夫になり、安心して魔法を発動できる。いつ崩れるかわからない星にどのぐらい時間をかければいいか見当もつかないからだ。

「ねえテリア」ってサリアが話しかけてくる。
「何?」
「心がつながるってどう言うことなんだろうね。」
「他の人の考えがわかるってことじゃない?」
「なんでも?」
「そうなんでもよ。だからトールくんが誰を好きなのか分かっちゃうわよ。」
「え〜!どうしよう。」

”きっとあなただと思うけれどね。”とは言わなかった。

「ちゃんと好きって伝えたの?」
「まだ。だって告白は男子がするもんでしょ。」
「そんなこと言ってたらいつまで経っても恋人同士になれないわよ。世界が終わっちゃうかも知れないのに。」
「それはテリアが魔法を打つから大丈夫よ。心配していない。」
「人ごとだと思ってるでしょ。」
「そこまでではないけれど。私だったら今国を背負っている重みで潰されそうだよ。」
「ふぅ。」

私はため息をついたあと
「心つながるのよ。好きな人から好きと言われるのと、間接的に知るのではちがわない?ちゃんと気持ち伝えてきなよ。トールくんだって伝えようとしているんじゃない?」
「そ、そうね。頑張ってみる。」
「私も頑張って星が落ちた後の世界を作るから、頑張って告白してらっしゃい。」
「わかった。行ってくる。」
サリアのこういう素直なところは好きだ。
私はサリアとずっと親友でいたい、二人が私の心を見て軽蔑されるまでは。


前日の夜

わたしは家族3人で過ごした。長いテーブルの向こう側まで料理が並んだ。私がおいしいと言った料理を父が全て覚えていて、それを全て用意させたからだ。その中に一つだけ料理人が作ったのではない料理が混じっていた。母の料理だ。師匠の作る手作りの料理でいつもおいしいと言っていたから母がこっそり師匠に教わったらしい。もちろん師匠のに比べると見てくれも味も良くないかも知れない。でもは私は母の作る初めての料理に驚きおいしいと思った。
父が
「我々にできることはこれぐらいなのだ。」
というと母が
「ごめんなさいね。」
と言いながら涙していた。
父は母と私を抱き寄せてぎゅっとした。
もう言葉はいらなかった。ただただ父と母の温もりを感じているだけでしあわせだった。

ベットに入った後も寝付けなかった。いよいよ明日に迫った”星落とし”うまくいくだろうか。いろいろな考えを巡らして眠れなかった。
眠れなかったので母のところに行った。
「お母さま…。」
「どおしたの…。眠れないのね。無理はないわ。」
「今夜は一緒に寝てもいいでしょうか。」
「あらテリアちゃんと一緒に寝るのは久しぶりね。」
本当に久しぶりだった。大きくなってから寝たことはない。

しばらく横になっていたが私から話しかけた。
「お母さまごめんなさい。」
「なにが?」
「私いい娘ではなかったと思う?」
「どうして?」
「魔女になりたいって言ったのに、魔法が使えなくなりました。」
「何をいまさら。」
「我が家は代々魔女を出してきた家系です。子供は私一人ですから、ここで家が途絶えてしまうかも知れません。」

「そんなこと考えていたの?お母さんあなたの道を反対したことあった?」
「いえ、ありません。」
「あなたは小さい頃から魔法を好きで好きで、姉の魔法を見てはまねしていたわよね。」
「はい…。」
「そして魔女になりたいって言ってそれを許しましたよね。そのときお父様とお話しました。そして、あなたの未来はあなた自身で見つけてほしいと願いました。」
「……」
「そのときもう家が無くなっても構わないって話合ったのですよ。魔女になれれば家は存続するけれど、なれなかったら家はもうなくなる。それでいいってお父様と決めたのです。だから、あなたのしたいようにしなさい。それが私たちの願いだから。」
「ごめんなさい。」
「なぜ謝るの?」
「もう魔女にはなれないから。」
「でもそれがテリアの選んだ道なのでしょ。」
「実は…」

私はなぜ魔法が使えなくなったか訳を話そうとした。そうしたら母が私の唇に人差し指にを置いて、
「分かっている。大丈夫。」
とだけ言ったのでこう答えて泣いた。
「ありがとう。」
私はなんて幸せな家のなんて素敵な両親のもとに生まれたのだろう。

翌日、家を出るとき、少し涙したが頑張ろうと決意した。もし命耐えたとしても、またこの家の子に生まれてきたいと思った。父の手が少し小さくなったのは気のせいだったろうか。


星落つる日

いよいよ今日だ。星落ちの記録は残っていているのもあるが少ししかない。それでも見たが、ひどいものだった。人々も街も荒れ果てていた。でも今回は違う。女王が指揮を取って落つる星の対策をした城を改造して民が全て避難できるようにした。

やけを起こすものもいないので街は静かだった。夜明け直後の静かな朝は好きだが、この何もかもが息を殺して潜んでいる静けさは好きになれなかった。このあと民たちは順々に城に避難していく。昼の間にすべての民を城に避難させる。

岩除けの結界の範囲を狭くできると長い時間張っていられるからだ。これも師匠の進言のおかげである。もし落つる星で家が倒壊したものは女王の権限で直すとも言っていた。

研究所についたときもうサリアとトールがいた。なんだかサリアが塩らしい。いつもの元気とは違う感じがある。トールもちょっといつもと違う。私はピンときた。きっとお互いの気持ちを伝え合ったのね。よかったよかった。まだ慣れない二人は意識して話せない感じ。そこに私がやってきたのね。なんだか救いの船だったみたい。

テンション高くサリアが話しかけてくる。眠れた?とか頑張ろう?とか。いつも私の心配なんてしないのにね。ちょっと面白いからそのまま聞いていた。

そこに師匠が入ってきた。
「いよいよいくわよ。」
「はいっ!」と4人が返事する。
「時間がたっぷりあったと言うわけではないけれど、準備はできる限りした。これをテリアにあげるわ。」
と言って差し出されたのが魔法のステッキだった。これは私が星落としの魔法をかけたときに使っていたもの。いちど出した星落としの魔法、きっと出やすくなっているわよ。」
「ありがとうございます。」

それぞれみなに何か一つづつアイテムをあげて効能を説明していた。師匠があげるからみんな喜んでいたけれど、師匠があまり付与の魔法は得意ではないので、どれだけの魔法が付与されているかはよくわからなかった。


お城に着くと、大勢の民が城に避難していた。ゆっくりゆっくり進んでいく。小さな子たちは何かイベントのようだとはしゃいでいた。ゆっくり女王の間に行くと奥に女王が控えていた。
師匠はひざまずき首を垂れた。皆も同じようにした。

挨拶やら今後の予定やらを説明して女王がうなづいていた。実際魔法を放つのはこの上に空が拝める特設のテラスが作ってあった。

「最後に…。」と師匠が話し出し続けた。

「もし失敗してもこの子たちには何もお咎めなきようよろしくお願いします。すべたはこの私の責任と言うことにしていてください。」
そう言うと女王は
「分かった」
とだけ言っていた。

王の間を出たあと元気のないサリアが師匠に話しかけていた。
「ママ…。」
「何サリア?」
「全部の責任をママがかぶるの?」
「まああなたたちに背負わせてもね。未来あるからね。」
「ママにだって未来はあるでしょ。」
「そうね。でもあなたたち若い世代に背負わせるのは違うわよ。それが大人のセ・キ・ニ・ンってものよ。」
「ママに責任負わせないためにも頑張るね。」
「じゃあお願いしますね〜。」
「ママふざけないで、真剣に言っているの。」
「ママはねちょっと湿っぽいの苦手なだけなの。自分の娘に頑張らせるのって親としてはどうなの?って思っちゃうのよね。」

「世界を救うためは仕方ないと思います。師匠。」
つい口を挟んでしまった。
「そうね。自分たちができることをして、弱いものを守れるのであるならば守ってあげたいわよね。そのためにも頑張りましょう。」

「サリアもテリアもトールくんもポーくんもみんな私の大事な子供たち。最大限にサポートするから頑張ってね。」
「はいっ!」

「あら〜、私もそのサポートに混ぜて頂戴。」
「かあさん!」
「おばあちゃんだ〜。」
「サリア〜、大きくなったね。今日は孫たちの晴れ舞台でしょ。一番近いところから見させてもらおうかしら。」

「そうしたら母さんもあぶな…」

「はいはい、出がらしの魔法でたいして出ない魔女だけれど、偉大なる魔女(グレートウィッチーズ)二人いればこの子たちも守れるんじゃない。」

そう言うとサリアのお母さんにウインクしていた。
「魔法陣の方は大丈夫?」
「あなたのときとは違って準備する時間も労力もかけられたわ。だから大丈夫よ。あなたたちの小屋を探したあてた”探しの魔女”に任せてあるからね。あとは最終調整だけすれば大丈夫。」

話には聞いていたけれど、師匠に輪をかけて師匠っぽい。ビック師匠です。
「初めましてテリアです。」
「今回星落としを唱えるテリアちゃんね。よろしくおねがいね。」
「師匠のお母さま、お話は伺ったことありますが、今まで挨拶せずにすいません。」
「私フラフラしているからつかまらないわよ。今日はがんばってね。最後まで諦めちゃダメよ。その胸の気持ちに正直でいいのよ。世界、人々、どうだっていいのよ。魔女なんだから自分のために魔法を打っちゃってね。」

というと風のように行ってしまった。
「母さんいつもあんな感じなのよね。でも腕は確かな魔女よ」
そう言っている師匠の雰囲気はそっくりだ。でも黙っておいた。そこは弟子として振るまわなくては。


夜になって星がはっきり見えるようになった。大きくなってきている。師匠が
「落ちてくるときは、一気にくるから気持ちで負けないでね。」
階段を上がると広い何もないテラスに出た。
「十分な広さね。」と師匠。
「はい。」とだけ返事をした。
もう真上の星が見えるが師匠が最後の確認をする。

「いい、誰ひとり命を落としてはダメ、誰かの犠牲の上の世界は私はごめんだわ。せっかく4人いるのだから、お互いがお互いを助け合いベストな方向に行くの。」

そして師匠は続ける。

「ポーくんあなたは守りの要。みなの傷を癒しながら降り注ぐ岩からここにいる4人を守るの。」
「わかりました師匠。テリアさんを絶対守ります。」
「ついででいいので、うちのサリアも守ってね。」
ポーくんは赤くなって頭をかいている。
「トールくん。あなたは魔力の調整ね。サリアから受け取った魔力と魔法陣からの魔力をテリアに適切な量を渡してね。魔力を出すサリアも受け取るテリアも量を間違えると大変なことになるのでお願いね。」
「わかりました!」

「サリア、一魔法使いとしてあなたに言うわね。あなたの魔力は底が知れない。ちょっと呪文が下手くそだけれど、それをカバーするだけの体力と持久力がある。自分を信じなさい。あなた偉大なる魔女(グレートウィッチーズ)の血を二人も引いているのよ。失敗するわけないじゃない。親としては、こんな危ないことさせたくない。だから必ず生きて帰りなさい。」

「下手くそはよけいだにょ〜。」と言いながら泣いている。
「だから一魔法使いとしていったでしょ。もうちょっとテリアぐらい勉強してくれると嬉しいんだけれどね。」
「ひとことよげいだびょ〜。」もう言葉になっていないので彼が鼻を拭いている。

「テリア、あなたには感謝しかないわ。魔力がなくなってきているのに魔女の道を諦めないでいてくれたのありがとう。」
「いえ、私は師匠に救われました。こちらこそ感謝したいです。」
「1番の弟子ね。」
「師匠の弟子は私とポーの二人しかいませんよ。」
「それでも1番よ。自分の娘と同じぐらい可愛いわ。」
「師匠…」

「最後のアドバイスは、国とか王とか民とか関係ないわ。これはテリアあなた自身の気持ちで魔法を使いなさい。すべてを捨てても守りたいものがあるのなら迷わず打ちなさい。なんのために打つのかわからなかったら打たなくていい。魔法なんてそんなもんよ。」

「魔法は愛…。」いつも師匠が言っている言葉だ。
「そう、愛のために守りたいもののために使いなさい。」
「わかりました。」
私は知り合いは少ない。だから民を守れと言われてもピンとこない。でも私の近くにいる人たちと朝の風景のために魔法を使うと決めた。


繋ぐ

そのあと少し眠った。月が出てくるのはもう朝に近い。二十六夜の月の力を借りて一気に破壊する。そのためにも月が出てくるのを待つしかないのだ。

起きたらもう城の周りは風が強かった。暴風が吹き荒れている。
「テリアさん風が強いですね。」とポーが話しかけてきた。
「そうね。でもポーくんの結界のおかげで風を感じなくて済むのよね。」
「はい、任せておいてください。テリアさんは僕が絶対守ります。」
少しどきっとしたが、他意はないのだろうと気を鎮めた。

そのときです、
「さあ始めるわよ。」
と師匠の声がした。
これから星落としを始めるのだ。
もう風が強くて大変だが、ポーくんの結界魔法で弱くなっている。でも星が一つ落ちてくるのだ、結界の外では風が吹き荒れている。城下町のいくつかの家屋は風で飛ばされているその破片が宙を舞っている。

師匠が
「これからみなの心をつなぎます。人には見られたくないものもある。だからそれには配慮をお願いしたい。」
みな心ひとつにしてうなずく。
それぞれの配置に立ち師匠が魔法かける。そうすると私以外の心のことが入ってきた。

真っ先に入ってきたのはトールの小さい頃の記憶。トールは昔からサリアが好きだったのね。そこからサリアのことも入ってくる。サリアも昔からトールが好き。小さい頃から最近のことまで全て入ってくる。私がトールに近づいたことまで出てくる。もう嫌悪しかないが、自分のことだ仕方ない。あまりポーくんのことは入ってこないのは距離があるせいだろうか。ここまで細かいことがわかったということは、私の思いも二人に知られた頃だろう。

私はサリアに言った。
「私の心はわかっちゃったわよね。そう私はトールが好き。でもあなたもトールが好き。トールはあなたが好き。私の出る幕はない。ちょっと前ちゃんと告白しているじゃない。二人ともおめでとう。私のことを軽蔑してもいいわ。でもこの星落としだけは成功させるわよ。そして二人は幸せになってね。」

そう言ってサリアの顔を見たら泣いていた。
「なんで、なんでなの?テリア」
「ごめんなさい。私はあなたの親友ではなかったということよ。」
「そうじゃない。なんで彼のこと好きだって教えてくれなかったの?」
「あなたたち相思相愛じゃない。」

風が会話を遮る。
「でもテリアの心の悲しみと苦しみに触れたよ。心が壊れそうになるぐらいの孤独と悲しみだったわ。私だったら耐えられない。」
「そうね、ちょっぴり苦しかったし悲しかったわ。」
「ちょっぴりじゃないだろ。」彼が横から話してきた声は震えている。
彼もまた涙している。

二人が私のために泣いてくれているのには驚いた。もしかしたらまだ親友でいてくれるのだろうか?そんなことを思いながら
「もうここまでわかってしまったのならやることやるわよ。」と私がいうと二人は泣きながらうなずいてくれた。


星落としの呪文

待望の月が昇ってきた。案の定光は弱い。目の前の星はいまにも落ちようとしている。そこに師匠のお母さんの作った魔法陣からの魔力が注がれる。
トールが
「うっ」と言ったあと力を込める。魔力が満ちてくる。

久々の感覚だ。魔力が満ちてくる。枯れた体に潤沢な魔力が満ちてくる。だんだん溜まってきた。
「サリア大丈夫?」
「うんなんとか。テリアは続けて。」
私は詠唱を始める。

星落としの呪文は長い。間違えずにゆっくり唱える。
もう近くにまで迫った星の様子がわかる。結界の外ではとてつもない暴風が吹き荒れている。魔法陣からの魔力とサリアの魔力が溜まってきた。

「なんて魔力なの。トールも大丈夫?」
「なんとか今は制御できているけれど、今後どこまで大きくなるんだろう。でもテリアが欲しいと言った量をきちんと渡していくね。」と言いながら笑っていた。

師匠にこの計画を聞いて、自分が魔法を打つなんて考えたことなかったので驚いた。そして魔法がまだあった頃のことを思い出していた。自分の実力に奢り、一番になりたいがため親友までも呪おうとしていた。
本当に浅はかである。その結果親友の好きな人に恋をして、魔法を失ってしまったのだ。彼への思いを押しつぶして心から消し去るということもできなかったわけではない。

でもしたくなかった。この思いが生まれ持ち続けることは恥ずかしいことではない。決して親友に言うことはないと思っていたけれど、知られてしまった。その親友が魔力出してくれて、彼がそれをつないでくれている。
「これならいける。」なんだかそう思えた。

もう目の前の星は全天を覆い迫っている。もうすぐ星落としの呪文が終わる。気持ちも高ぶってきた。師匠からもらったステッキを星に向け、呪文の最後を唱え”星落としの魔法”を放つ。

一瞬にして目の前に太陽が落ちてきたのではないかというぐらいな光を放つ。師匠からもらったステッキはから膨大な魔力が放出される。その光は一直線になり星に当たったのを見た。自分自身の体も燃え尽きそうだけれど、ポーくんが必死に回復魔法をかけている。サリアと彼も魔力を伝えている。私は気絶しそうになるのを堪えながらなんとか光を放っている。完璧な芯を捉えて当てることができた。いい感じだ。

「師匠、星の様子はどうですか?」
光を放ちながら師匠に聞いてみる。
「いい、いい感じよ。このまま続けて。崩れ始めたときに最後残りの魔力を全てを放出してちょうだい。」
「わかりました!」

しかし、なかなか崩れない落つる星。崩れたときに一気に打ち抜く。なるべく小さくした落つる星を一気に焼き上げるのだという。でもなんだかちょっと様子がおかしい。まだ崩れ始めていないのに魔力が弱くなってくるのがわかる。

魔力が弱くなっていますと師匠に目で合図する。師匠がビッグ師匠に合図する前にもう防御用の魔女たちからの魔力を一気に送ってきている。少しずつ魔力が回復する。
でもこの魔女たちの魔力を使ってしまったら砕けた星たちから城を守る術はない。どうするんだろう。

私はハッとした。
古代魔法に自分の命と引き換えに最大限の力が出る魔法があるのを思い出した。きっと師匠も大師匠も身を投げるつもりだ、命をもって自らが壁になるつもりだ。私が不安げに師匠の方を見ると笑っていた。「サリアをお願いね。」と言っているようであった。

迷っている場合ではない、全ての魔力を一点に集中させ星を砕く。ここで砕けなかったら全て星の下敷きになり何もかも残らない。師匠たちの覚悟も水の泡である。サリアもトールもポーくんもみんな必死だ。魔法をかけている私が頑張らなくてどうする。気合を入れて細く魔法を絞り一点に集中させる。

するとすごい音とともに星に亀裂が入った。

よし、星に亀裂が入った。しかし少しずつ弱くなる魔法。魔法陣の魔女たちが魔力を使い果たし、バタバタ倒れている。もうすぐ魔力はなくなる。そのとき師匠からもらったステッキが耐えられなくなって破裂。それでもまだ人差し指から魔法は出続けている。でも星は崩れない。このままいくと星に潰される。

「テリアまだ星は砕けないの。」
「あと少しあと少しで崩れるのよ。」

「うりゃー」と最後にサリアが一気に魔法を放出してくる。私の気合がどれだけ魔力に影響するかわからないけれど、指先からの魔法に意識を集中させる。
亀裂が深くなり星はバラバラに崩れ始めた。防御用の魔力とサリアの魔力を合わせて一気に放出する。でも空を見たら星が砕けている。私は最後の力を振り絞ったがもうでない。たくさんの岩が地上に向かってバラバラと降ってくる。もう燃やしつくす魔力がない。でももう限界だ。魔力が尽きる。

自分の放った最後の魔法が大きくなり私は白い光に腕からのまれていった。

心の中の

一瞬にして真っ黒な世界にいた。
何が起こったのかよくわからなかった。空から星を崩した無数の岩が降ってくるのだけれどいったいここはどこだ。全く何もない闇だ。

目の前にぼうっと鈍い光が出てきた。周りが漆黒だから、うっすら光っているのがわかる。
「…んじゃないか」
よく聞こえない。
「もういいんじゃないか、僕を使え。」
光が話しかけてくる。驚いたけれど答えてみた。
「僕を使えとはどういうこと。」
と話しかけると話を進めた。
「僕は君の心の中の嫉妬だ。君の心に生まれた嫉妬だ。」
「嫉妬?」
「そう嫉妬。誰の心の中にもいるものだ。」
「そうなの?」
「僕は親友にどうしても勝てないというところから生まれたんだ。心当たりはあるだろ?」
「……」私はハッとして言葉を失ってしまった。
「何も言えないということはそれが真実ということだね。でもな、普通嫉妬というのは自然と消えていくものだ。何か他のことで優位に立つと消えてしまうはかない存在なんだ。」
「じゃあなんでいるのよ。」
「君が大事に取っておいたからではないか。彼への想いとともに。」
「そんな…。」
「でもありがとう。こんな僕をずっと心に住まわせていてくれたんだ。感謝しかないよ。嫉妬の中では長寿な方かな。」
「嫉妬に感謝されても…。」
「まあそういうなよ。今から君の役に立とう。僕が岩を全て焼いてあげよう。」
「そんなことできるの?」
「君は彼への想いで胸を焦がしていただろ。辛くはなかったかい?」
「つら…辛かった…」
「心押し潰されそうにならなかったかい?」
「なった…。」涙が出てきた。
「そんな形のない心を燃やすのに比べたら、存在する岩など焼くのは簡単だね。」
「本当に?」
「もう時間がないんだろ。岩が落ちてくるんだろ。3、2、1と言ったら僕と一緒に唱えるんだ。」
「わかったわ。」

「いくよ! 3、2、1”esutonisut”」
その瞬間辺りは明るくなり、城の屋上に戻っている。指先からは炎が前方向に向かって出ている。これは星落としの魔法じゃない。星落としの魔法は一直線になる。放射状になった魔法を空に向けてかける。崩れた星がまだ地上に届いていなくてよかった。

横ではサリアが「テリアが気がついた。」と喜んでいる。
「サリア、まだ魔力は残っている?」
「少しなら。」
「私が呪文をかけるからそれ全魔力をかけて私の取りこぼした岩を焼いてちょうだい。」
サリアはうなずくと構えている。私はまた同じ呪文を唱えサリアの魔力を炎に変えた。無数に落ちてくる焼けた岩を全て焼いていく。サリアも焼いてくてている。

落つる星に向かって
「乙女の好きを甘く見ないでよ。」
「そう私たちの力をなめんなよ〜。」
二人とも大きな声をあげ天を焼いていく。

全天

空は光で満ちていた。岩は焼かれた瞬間パッと散って七色の光を出す。まるで無数の花火が夜空に開いているようだ。しかも岩が燃えるときに大きな音を出している。

あぁ、これは私の嫉妬。
大きいものや小さいものもある。
いろいろなところでサリアを恨んだ。
呪いの魔法をかけて不幸にしようとしたこともある。
でも魔力が足りなくて、発動しなかった。よかった。
好きな彼を恨んだこともある。
なぜ私を好きにならないの?
なぜサリアを選ぶの?
サリアのことで相談してくれたときは嬉しかった。
口から出る名前はサリアばかりなのに、あなたと話すと胸ときめいた。
二人のせいで私は魔法の道を絶たれ、
二人のおかげで私は新たな道を繋いでいった。

この嫉妬から始まった恋は
今大きな音を立てて燃えている。
ひとつひとつが思い出につながっているよう。
この色のようにきれいなものばかりではなかったけれど、
大きな空で燃え尽きている。
天は光で満ちている…。

私は嫉妬からもらった魔法を出し続けながら自らの恋が燃え尽きているのを眺めていた。
ある瞬間に声がした
「もうすぐおわるよ今までありがとう、もう十分だよ…。さようなら…。」
嫉妬だ。わたしも
「今までありがとう…。」
と声をかけた。そのとき「カチっ」て何か音がしてからだが軽くなったような気がしたのだけれど気のせいだったんだろうか。

全ての岩を焼き終えた。
あとは満天の星空が広がっていた。
もう月は光を失い沈んでいくかのように見えた。

「テリア〜。」
と言いながらサリアが走ってきた。そして泣いている。
呆然としていた私の名を呼びながら抱きついていた。
終わった。星を砕き無事に焼き上げたのだ。

近くではトールくんがいて、ポーくんが横たわっていた。しかも黒焦げだ。どうやら私か気絶している間、火の岩の雨から守っていてくれたらしい。「ありがとう、ポーくん。」
「大丈夫でしたかテリアさん。」
「あなたが守ってくれたおかげで助かったわ。」
そういうと少し顔を赤くしていた。

そこに師匠がやってきて、
「みんな大丈夫?」
みんななんとか返事だけは返している。
「テリアお疲れ様。体は大丈夫?」
「はい、ポーくんが守ってくれたのでなんとか。」
「おっ、ポーくんやるわね。それにしても最後の魔法は何?私見たことないわよ。」
「私の心の中の恋心と嫉妬らしいです。」
「興味深いわね。またいつか教えてね。」
そんなことを話していたら、下から歓声が聞こえてきた。城の中庭にたくさんの人が集まって歓声を上げている。

その歓声を聞きながら東の空を見るとお日様が昇ってきた。夜が明けた。長い長い夜が終わった。

そのあと

そのあと女王様がやってきた。皆の前にひざまずかれ国を守ったことを感謝された。私としてはそこまで国を守りたいと思っていなかったので後ろめたい感じ。でも師匠はそんなこと言わなければわからないから黙っててねと言われたので黙っていた。この日はとにかく休めと、みな家に帰された。女王の馬車で送ってもらった。

家に着くと父と母が外で待っていてくれてた。母が私に抱きつき、
「よかった、本当に無事でよかった。」と泣いていた。
父も疲れた私に寄り添ってくれた。二人とも私の帰りをずっと待っていてくれたようだ。私は私のいちばん近くの幸せを守れたのだと思った。

その後、寝て起きた次の日は大変だった。朝早くから女王の迎えの馬車がやってきて記念式典をするという。城に行ったらサリアたちも師匠もいて5人になった。そこからいろんな貴族から祝いの言葉をもらって大変だった。なかなか女王のいるところまでたどり着けなかった。

そのあと女王に会い、たくさん賞賛の言葉をいただいた。そして褒美をもらった。ますは賞金。だけどこれは街の復興に使ってほしいと師匠が辞退した。今回のことで家を飛ばされた人たちに使って欲しいと言っていた。

次は4人に”偉大なる魔女”(グレートウィッチーズ)を与えられた。トールくんは魔女では変なので(グレートウィザード)の称号をもらった。ポーくんはまだ若いので歳を重ねたときにもらえることになった。

師匠が
「みんなおめでとう。魔女見習い卒業して魔女になったね。」
という。するとサリアが
「そっか、偉大なる魔女(グレートウィッチーズ)だもん魔女だよね。」と言っていた。
そうか私、魔女になれたんだ。魔法は使えないけれど魔女になれたんだ。小さい頃からの夢、一度はあきらめた魔女の道。親友に師匠に助けられて魔女になれた。とても嬉しい。

女王が
「”魔法が使えない魔女”の誕生だな。」
と言いながら笑っていた。
とてつもない魔力はあるのだけれどそこまで魔法知識があるわけでもないサリア、男の子で初のグレーとウィザードになったトール、最年少の魔女?のポーくん、そして魔法が使えない魔女の私。なんともいえない中途半端4人の魔女の誕生である。

褒美を辞退したので女王が何かほしいものはないかと言われるので代わりに魔道具の”妖精の首飾り”(フェアリーネックレス)をいただいた。これは本で見たときに可愛らしいのでいいなと思ったのだ。可愛らしい形でただ欲しかっただけだった。

それからあとはあちこちの式典に呼ばれた。少し退屈なこともあったけれど、この5人でいられるのでそれは嬉しかった。誰が呼んだかはわからないけれど「テリアとサリア」で「テッサリア」、「テッサリアの魔女」と呼ばれるようになった。しばらく続いたお祭り騒ぎも少しずつ落ち着いてきた。

静かな朝

またいつものように朝、師匠の魔法研究所に通うようになった。この平穏で静かな日常が好きだ。これを守れたのは本当に嬉しい。以前と同じように古代魔法の研究に没頭している。砕いた星を焼くときに唱えた呪文も師匠に質問攻めにされたりしたけれどなんとかやっている。

最後に星を砕いた後に「カチッ」と音がしたことも師匠に聞いたら師匠も星落としの後に聞いたらしい。

そう言えば一つだけ変わったことがある。まだ数種類だけだが使える魔法が増えたことである。あのときの音と何か関係あるのだろうか。師匠もまだわからないと言っていた。師匠がいろいろな魔法を使えるのはそのせいかもしれない。世間的には魔法が使えないということにしているので、魔法が使えることを知っているのは師匠だけだ。

今日も晴れた青空は雲ひとつない。
「今の私の心のよう…。」
気持ちの良い静かな街を歩きながら、そんなことを考えていた。


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