望郷のプラモデルクロニクル②(1981:後篇)
[1981年/小学校2年生]
当時クラスの男子の話題は「オレたちひょうきん族」「欽ちゃんのドンといってみよう!」そして「機動戦士ガンダム 」の話題ばかりになっていた。
学校が終われば自転車に乗って集合し、皆で校区内外のプラモ屋をガンプラを求めて巡回するのが習慣となった。
校区内の店には「ガキには売らない」を明言する店やアリイの「ザ★アニメージ」との抱き合わせでしか売ってくれない店など阿漕な商売が横行していた。(実際に友達の家に行くとかなりの高確率でアリイの「バトルスーツ•ザリグ」が置いてあった。)
ガンプラが買えないフラストレーションの中、自分が代替品のプラモとして買っていたのはアオシマの「ミニ合体シリーズ」。
一体のロボットが頭部,胴体部、腕部、脚部と4つのパッケージに分けて売られていたのだが、1つ100円と安くて、ロボット合体後の余剰パーツでオリジナルの支援機を作ったりできるなどレゴブロック的な遊びが出来た。
(只、考えてみれば分かるが4パッケージで一体のロボットが完成するので当時300円のガンプラより割高になるのだが…)
ザボーガーの金型利用の「アストロン」、マッハバロン丸出しの「ドライガー」などと共に有名な「アトランジャー」、他にも「ザンボット3」「トライダーG7」「イデオン」といった版権物まで豊富なラインナップがあり、子供の想像の中でオリジナルな世界観を構築できるという部分での楽しさがあった。
…とはいえ、自分のメインターゲットは飽くまでガンプラ。
その年の冬頃には大阪の高校に通ってた兄貴が梅田のキディランドで当時レアだった1/144のグフを買ってくれたり、運良くジムを手に入れたりと一時期よりは入手しやすい状況になっていたように思う。
そんな中、ガンプラではないが欲しいと思えるプラモデルを見つけた。
夕方にテレビ大阪で放送されていた「太陽の牙 ダグラム」。
話はさっぱり理解できないが、頭がキャノピーになったロボット=コンバット・アーマーが格好良くて毎週視聴していた。
そのプラモデルがタカラから発売されたのだ。
少し高かったが小遣いの全てを使って購入。
組み上げるとガンプラより全体がカチッとした印象でカッコイイ。
どこが違うんだろうと考えたら、各パーツのエッジがガンプラより鋭い。
「安全基準の遵守」が理由であろうが、両者を比較するとガンプラの造形が何か野暮ったく感じてしまいガンプラからは一時卒業。
暫くはタカラのSAK(スケールアニメキット)を始めとする他のメーカーの商品に傾倒するようになったのであった。
(つづく)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?