酒税法改正で『ビールの価値』はどう変わるか?

酒税法改正についての話題は、税額・売価についての議論が中心となっており、価値・魅力についてフォーカスされた記事というのをあまり見かけないなーと思っております。

私自身『ビール純粋令』の信奉者であることもあり、「日本のビールの価値は酒税法により貶められた」とすら主張している人間です。
そんな人間の視点から、「酒税法改正で、『ビールの価値』ってどうなるの?」を考察してみたいと思います。

尚、本記事は有料記事ですが、実際のところ本編の最後まで無料で読めるカンパ記事になっています。
カンパ特典が欲しい方は労っていただければ、喜んでビール代の足しにしますのでよろしくお願いします!


1.酒税法改正のプロセス(再確認)

まずは、何が起こるかをおさらいしてから議論を始めることとしましょう。

(1) 酒類の品目等の定義の改正(2018年4月1日)
  ※経過措置により、2020年10月1日から適用

①改正の概要
ビールの麦芽比率(ホップ及び水を除いた原料の重量中、麦芽が占める割合をいいます。)の下限が 100 分の 50 まで引き下げられるとともに、使用する麦芽の重量の 100分の5の範囲内で使用できる副原料として、果実(果実を乾燥させたもの、煮つめたもの又は濃縮させた果汁を含みます。)及び香味料(コリアンダーなど一定の香味料)が追加されます。
②改正に伴う免許の取扱い
今回の改正によりビールとして分類されることになる発泡酒など、品目が変更となる酒類の製造免許又は販売業免許を受けていた場合には、改正前に製造又は販売できた酒類について、引き続き製造又は販売することができるよう免許に関する経過措置が設けられています。
なお、改正前の免許に期限又は条件が付されていた場合には、その期限又は条件は、経過措置により受けたものとみなされた免許にも付されます。
③税率変更
・ビール、麦芽比率25%以上の発泡酒の減税
・新ジャンルの増税

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(2) 酒類の品目等の定義の改正(2023 年 10 月 1日)

① 改正の概要
発泡酒の範囲に 「 ホップ又は一定の苦味料を原料の一部とした酒類 」 及び 「 香味、色沢その他の性状がビールに類似するもので苦味価及び色度の値が一定以上のもの 」 で発泡性を有するもの が加えられます 。
② 改正に伴う免許の取扱い
2018年次と同様の経過措置あり。
③税率変更
・ビール、麦芽比率25%以上の発泡酒の減税
・新ジャンルの増税

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(3) 酒類の品目等の定義の改正(2026 年 10 月 1日)

①ビール類以外の発泡性酒類の品目区分変更
その他の発泡性酒類の範囲が「アルコール分が 11 度未満」(改正前は 10 度未満)に改正されます。
②税率変更
・発泡酒類(ビール様のアルコール飲料類)が、ビールと同率まで増税
・ビール類以外の発泡性酒類の増税

次項にて詳しく説明します。


2.酒税法改正で『ビールの価値』に何が起こるか

まずは、事象の概要を見ていきましょう。

①2020年10月1日から(2018年4月1日改正分の経過措置終了)
・『発泡酒』の一部が、『ビール』に定義変更となる
②2023年10月1日から
・『その他の発泡性酒類』の一部(所謂『新ジャンル』)が、『発泡酒』に定義変更となる
③2026年10月1日から
・『ビール』と『発泡酒』の税率が同率になる

上の図は、①,②で変更される品目定義に絞ってまとめたものです。
表中の<1>~<9>は全て、③のタイミングで税率が同じになるものです。

本項は一旦このまとめだけにして、事項から①~③のタイミングで起こることを考察したいと思います。


3.①2020年10月1日に起こる変化

①で起こることは、『ビールの副原料要件の緩和』です。

現在、日本の酒税法上の『発泡酒』には2種類の起源があります。
(1) ビールとして作られたにもかかわらず、日本の酒税法上『ビール』を名乗れないもの(主に<2>、または<3>の一部)
(2) 『ビール』の税率適用を回避するために、減量比率を変えて製造された廉価なビール様飲料(市販商品では<5>が大半)

(1)は、主にクラフトビールや輸入ビールの類で見かけますね。
『ビール』だと思って表示を見ると、『発泡酒』と表記されている場合です。これには、2つの要因があります。
一つ目は副原料の比率。ボタニカル等のフレーバーが多く含まれるビールは、『発泡酒』扱いになってしまいます。これは輸入ビール、国内クラフトの両方で見かけるだけではなく、大手ビールメーカーもこのタイプの商品を出しています。(詳しくはこちらを)
二つ目は製造免許の関係。小規模のクラフトブルワリーで『ビール』の最低製造数量を満たせない場合、『発泡酒』扱いの免許を選択する場合があります。クラフトビールは販売数量では勝負できませんから、価格よりも価値でこそ勝負できるよう、とっととぶっ壊されるべき障壁ですね。

(2)は、主に国内大手ビールメーカーが、『ビール』の代替品として製造販売しているものが一般的です。『発泡酒』という言葉で真っ先に想起されるイメージはこちらではないかと思います。
また、クラフトブルワリーにおいても、地ビールの税制優遇策が適用される対象が『麦芽25%未満(発泡酒の区分)』のみとなっているため、販売価格を下げるために意図的に発泡酒として造っている場合があります。
このようなジャンルは、個人的に『ビール業界のガン』だと思っています。

このようなことから、(1)が『ビール』を名乗れるようになることは、ビールの価値向上に繋がることだと考えます。
対して、(2)が『ビール』を名乗れるようになることは、ビールの価値低下に繋がりかねません。

①のタイミングでは、旧来の<1>に加え、<2>の区分が『発泡酒』から『ビール』に品目が変更になりました。
幸いにも(2)で示したようなものは、『ビール』にはならないようです。


4.②2023年10月1日に起こる変化

次に、②で起こるのは『発泡酒の価値の破壊』です。

①でビールに分類できなかった<3>~<5>に加え、"新ジャンル"と呼ばれるビール様アルコール飲料(<6>~<9>)も『発泡酒』扱いになります。
つまり、「一定のビールっぽい見た目と味なら、麦芽の使用有無、それ以前に醸造酒かどうかも関係なく『発泡酒』」になります。

これにより、以下の2つのことが起こります。
(1) <6>~<9>の価値が変化する
(2) <3>~<5>の価値が一時的に低下する

(1)については、税率の話も組み合わせて議論する必要があります。
②のタイミングの税率改定では、<6>~<9>は<5>と同じ税率に増税になります。これにより、<6>~<9>は『発泡酒』になることで、味等の品質の面でも<5>と比較されることになり、「『(元々の)発泡酒』の代替品」としての存在意義を失うのではないかと思われます。
この環境下で生き残るためには、「低糖質/低プリン体等の付加価値を持つビール様飲料」になるくらいしか手は無いのではないでしょうか。
逆に、そのような付加価値を持つ「旧来『発泡酒』を名乗れなかった商品」が『発泡酒』を名乗れるようになることで、<6>~<9>は新たな価値を獲得することになると言ってもいいでしょう。

(2)の方も考察してみましょう。
<3>に分類される「麦芽比率も副原料比率も高いもの」、言うなればフレーバービールの価値が低下します。
特に、製造国では『ビール』に分類されているような輸入フレーバービールなんかにしては、現在<5>と一緒にされてるだけでも問題なのに、<6>~<9>ごときと一緒にされたら堪ったものじゃないでしょう。
③によって是正が走りますのでそもそも一時的な事象ではありますし、同時に<6>~<9>が「『(元々の)発泡酒』の代替品」としての価値を失うので、(1)に伴う商品ラインナップ再編が効果的に起これば、それほど影響は長期化しないのではないでしょうか。


5.③2026年10月1日に起こる変化

このタイミングで、<1>~<9>が同一の税率になります。
『ビール』、『発泡酒』という品目の分類構成に変化はありませんが、以下のような変化が起こると思われます。

(1) 『発泡酒』が『ビール』の代替品としての価値を失う
(2) 『ビール』の代替品としての役割の、他の酒類へのシフトが加速する

(1)により、<4>,<5>は、②での<6>~<9>と同様の変化を否応にも求められることになるでしょう。
また、<3>のフレーバービール等については、廉価品イメージの払拭により、よりフラットに『ビール』として(品目上は『発泡酒』のままですが)見られるようになっていくのではないでしょうか。

(2)については、なんとも言えないところです。
おそらく、『ビール』が減税したとはいえ、ビールから発泡酒にシフトしていた層には、『ビール』に戻ってこない層が一定いると思われます。
そのような層は、「ビールとしての味わい」よりも「安価に酔える手軽なアルコール飲料」の方が価値が高いと考える層です。
この層にミートするのは、現実的にストロング系になるのでしょうね。
これを解消しようと思ったら、社会情勢として、低所得層の可処分所得が増えていかないことにはどうしようもないような気がします。
本当に世知辛い話ではありますが、これこそなんとかなってほしい…


最後に世知辛い話になってしまいましたが、総合すると以下のような状況と言えるのではないでしょうか。

 ・『ビール』にとっては、今回の一連の酒税法改正は良い変化
 ・ビールメーカーにとっては、『発泡酒』や新ジャンルの価値転換や、ビール類以外も含めた低価格帯商品の再編をより強く迫られる事態

こちらを持って、本記事のまとめとさせていただきます。


また、割と頑張って書いたので、この記事はカンパ記事とさせていただいています。
カンパしていただけた方には、今個人的にイチオシの、次ブレイクするのが間違いないクラフトブルワリーをこっそり教えちゃいます。
(みんなミーハーにうちゅうとか飲んでればいいんだ…)


<参考文献>
国税庁:酒税関係法令等の改正
e-Gov:酒税法施行規則
Wikipedia:日本のビール発泡酒
ヤッホーブルーイング:よなよなの里『ビールと発泡酒の違いってなに?クラフトビールメーカーが解説します


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"歌う唎酒師"、ヒューぽん@よいどれクソメガネです。SSI認定唎酒師、情報処理安全確保支援士、日本酒/焼酎/ビア/ワイン/スピリッツナビゲーター。都内東側在住のよっぱらい男子です https://huepon.tumblr.com/