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ミッフィーのおもちゃばこ

2010年「おやこであそぼ ミッフィーのおもちゃばこ」という
スクウェア・エニックスから出たWii用ソフトのシナリオを書きました。

この時、私はフリーランスで、札幌にある株式会社ハ・ン・ドさんという
開発会社の業務委託として働いていました。

「チョコボと魔法の絵本」「チョコボの不思議なダンジョン 時忘れの迷宮」
「チョコボと魔法の絵本 魔女と少女と5人の勇者」と3年間で3本のゲームを出し、次は何を作るのか? というときに担当の三上さんから

「今、シナリオ系の仕事、これしかないんだけど……やる?」

そう言われて打診されたのがこの仕事でした。
三上さんとしては、知育系でシナリオのボリュームも少ないため
やりがいを感じられないのではないか? と心配してくださったのだと思います。
しかし、私は大喜びでこの仕事を引き受けました。

というもの、その当時私の娘が2歳で、ミッフィーが大好きだったのです。
自分の娘のためにゲームを作れる機会なんて、滅多にないことです。

当時、ミッフィーの原作者であるディック・ブルーナさんはご健在でした。
しかし、あまりにも大御所すぎるので、シナリオに沿った絵を
気軽に発注するわけにはいきませんでした。

絵を使う場合は、ミッフィー関連の絵が全て網羅された
通称“イエローブック”を見て、そこに書かれたシリアルナンバーを
(株)ディック・ブルーナ・ジャパンに伝えて
使用許可をもらうような流れになっていました。

このイエローブック、電話帳のように分厚かったです。
しかし、初期のミッフィーは絵柄が全く違うためほとんど使えず
後期のミッフィーはどこかで見たような絵ばかりで
ちょっといいなと思った絵は「ユニセフ用の絵のため使用禁止」などと
注釈が書かれていて使えなかったりしました。

こうして、シナリオはほとんど書かない(書けない)まま
一日中、ミッフィーの絵を調べ続ける日々が始まりました。


「おやこであそぼ ミッフィーのおもちゃばこ」は、
Wiiリモコンを使ったミニゲーム集でした。

このため、シナリオを考える際はミニゲームの内容も考える必要がありました。

まず最初に、“お父さんに料理を作ろう”という話を考えました。
シナリオの流れとしては、こんな感じです。

・お買い物に行く(信号が青になったら渡るミニゲーム)
・お店でお買い物(買い物をするミニゲーム)
・料理を作る(包丁で食材を切るミニゲーム)
→お父さんが帰ってきて、「おいしいね」と喜ぶ。

料理は子供が大好きなカレーを作ろうと考えました。
ニンジンもタマネギも、イエローブックに載っています。
(これは逆に、イエローブックに載っていない絵を
勝手に描いてはいけないという意味でもあります。)

カレーの具として、豚肉がイエローブックにあるかどうか調べている途中
ふと、思いました。

「ミッフィーって、豚肉を食べて大丈夫なんだっけ?」

ウサギが擬人化したキャラなので、服を着てようが、言葉を喋ろうが
車に乗ろうが、豚肉を食べようが何の問題もない気はしましたが
無理に豚肉を食べさせる理由も無いので、ここは無難に
「ニンジンケーキを作ろう」という内容に変えました。
ただ、ケーキ作りはおばさんの方が得意なので
おばさんの家に行って教えてもらうことにして……

……と、そんな感じで、シナリオとしては単純なのに
作るのは意外と苦労しました。


「おやこであそぼ ミッフィーのおもちゃばこ」のシナリオを書きながら
私はいろんな知育ゲームを遊びました。
「アンパンマン」や「うっかりペネロペ」などのDSソフトを遊んだり
インタラクティブ絵本を読んだり……子供が遊んでいるのを見て
その様子を観察したりもしました。

こう書くと、すごく仕事熱心な印象を与えるかもしれませんが
実はただ単に親バカなだけです。

その中で、動物の絵をタッチすると、その動物の鳴き声がするような仕掛けをウチの娘がすごく喜んでいたので、ぜひこの要素を入れようと考えました。

イエローブックを確認すると、ゾウもライオンもキリンもペンギンもいます。
これは考えてみれば当たり前の話で、原作であるディックブルーナさんの絵本にも、お父さんに連れられて動物園に行き、いろんな動物と触れ合うという話があるのです。

ただ、こうなるとちょっと困った問題が発生します。
私はどんなシナリオを書くべきなのでしょうか?

絵本と同じ絵を使って、絵本と同じストーリーを書いてしまったら
それは、絵本そのものです。
ミッフィーを好きな人なら、絵本は当然読んだことがあるはずなので
どこかで“違い”を出さなければいけません。

そこで私は、絵本に登場する“パイロットのおじさん”を出すことにしました。
おじさんに飛行機に乗せてもらい、南の国に行き、そこで野生動物たちと
触れ合うというストーリーです。これなら絵本との違いを出すことができます。

飛行機に乗って、南の国に着いたミッフィーは、感激してこう言います。

「わぁ! 動物園みたい!」

実際、動物園の絵を使い回しているので当たり前と言えば当たり前の感想です。
しかし、パイロットのおじさんはこう言います。

「それは違うよ、ミッフィー。
こんなふうに大自然の中で暮らすのが動物本来の姿なんだ」

こんな感じの台詞を書いてから、ふと思いました。
このおじさんだって、擬人化されているとは言え、見た目はウサギなわけです。
いったい誰目線で「動物本来の姿なんだ」とか語っているのでしょう?

そもそもここにいる野生動物や、動物園で飼われている動物の存在って何なのでしょう?この世界では、ウサギやクマやブタは知性があるけど、犬はペットだったり……
人間はどこにいるのでしょう? 滅んで文明だけ残した?

考えれば考えるほど分からなくなってきたので
諦めてそのままシナリオを納品しました。


「おやこであそぼ ミッフィーのおもちゃばこ」の開発終盤
ディレクター兼プランナリーダの男性が、こう叫びました。

「あああ! 俺もう、ミッフィーを見るのも嫌だ!」

最初は冗談で言っているのかと思いました。
しかし、顔を見ると本気で嫌がっている感じでした。

それからしばらくして、私の身体にも異変が起こりました。

ミッフィーのあの無表情な顔を見ていると
「うわぁーーー!!」と叫び出したくなる衝動に駆られ始めたのです。

恐らく二人とも、イエローブックを見過ぎたのだと思います。
ただこれは、“見飽きた”という感覚ではありませんでした。
あの形を見るのを、脳が拒否しているような……そんな感じです。

私は机の上にあったミッフィーグッズを、全部引き出しに入れました。
そして、なるべくミッフィーのことを考えないようにしながら仕事を続けました。

しかし、イエローブックだけは見ないと仕事にならないためつらかったです。
虫嫌いな人が、昆虫図鑑を編集したら、きっとこんな感覚になると思います。

ミッフィーを見ることを脳が拒否する現象。
私はこれを“ミッフィー恐怖症”と名付けました。
恐らく、“ピエロ恐怖症”と似たようなものだと思います。

ピエロ恐怖症について調べてみると、以下のような理由で怖がられているようです。

・白塗りの顔
・何を考えているのか分からない表情
・裂けたような口
・IT(イット)やジョーカーなど、ピエロを悪役にした作品のトラウマ

このうち、上の三つはそっくりそのまま、ミッフィーにも当てはまります。

・白塗りの顔 → そもそも全身白い
・何を考えているのか分からない表情 → いつも目が点で、絶対笑顔を見せない。
・裂けたような口 → なぜか口が“ばってん”になっている。

こう考えると、私たちがミッフィー恐怖症になった理由も分かる気がしてきます。

その他、全キャラクターが絶対に正面を向いている構図とか
(自転車乗っている時とか、本当に危なっかしい)

赤/黄色/緑/青/茶色/グレーしか色を使わないこだわりとか
(中にはだいぶ無理のある色使いをしていることがある)

このあたりが微妙な違和感となって蓄積し、オーバーフローすると
アレルギー反応が起こるのかもしれません。

ミッフィーの仕事から離れた現在、この症状はすっかり治まっています。
というより、なぜあんなにミッフィーが怖かったのか、今では思い出せません。


2010年3月18日、「おやこであそぼ ミッフィーのおもちゃばこ」が発売されました。
開発会社のハ・ン・ドさんから製品版を頂いたので、すぐにパッケージを開けました。

ゲームを立ち上げてすぐ、スタッフロールを見ることができる仕様だったので
さっそく娘に見せると、娘は大喜びです。

「すごい! パパの名前がゲームに出てる!」

それを見た父も大満足です。

「それじゃ、お話を見てみようよ!」

そう言って娘にWiiリモコンを渡しました。
ストーリーのナレーションは、アニメと同じ兵藤まこさんです。

ミッフィー恐怖症と闘いながら、苦労して書いたシナリオを
今、ようやく自分の娘に見せることができる。

胸いっぱいになりながら、見守っていた次の瞬間……

「ピッ」

娘はシナリオをスキップして、ミニゲームを始めました。

「パパ、このゲーム楽しいね!」

そう言いながら、またシナリオをスキップ……

「あ、いや……
そのミニゲームは、別のおじさんが作ったんだけど……」

こうして、“自分の娘のためにゲームを作る”という壮大な計画は
あっという間にスキップされてしまったのでした。

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