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バレンタインデーはおすき?4

あの子は、もう卒業よ


放課後、体操部の部活に参加しようと、体育館に入った洋子は、卓球部のあの子を、見かけた。あの子は、体育館の後すみで、ほかの部員にチョコレートを見せていた。紙袋の中には、たくさんのチョコが入っているらしい。

「すげえなあー」

「おれにも、1個よこせよ」

などと、いわれていた。

あの子は、じまんそうに、1つ1つ、とりだしては、見せている。その中に、見おぼえのある、黄色い星形マークのつつみ紙を見つけた洋子は、ドキッとした。

「ね、ね、あのチョコ、洋子のじゃない?」

育子ちゃんが、寄ってきて、せかせかきいた。

「ちがうわよ。私のは石田くんがもっていったじゃない。育子ちゃんも、見てたでしょ」

「だから、そう思うのよ。つつみ紙も、リボンも、おぼえがあるもの」

育子ちゃんは、いつになく、しつこく、くいさがる。

「そんなこという育子ちゃん、きらいよ」

「きらいで、けっこう。育子の気持ちなんて、だれもわからないんだから」

育子ちゃんは、プンとふくれて、マットのほうにかけていった。

「先輩、練習はじめましょう!」

わざと、大声をあげている。

洋子は、気になって、そっと、あの子のほうを見た。

あの子は、なにを思ったのか、二カッと笑って、星形マークのチョコを、小さくふった。

「おっ、こりゃ、ばかにでっかいチョコじゃん。さては、すきな子にもらったな?」

とつぜん、袋の底のほうから、あの子の友だちが、チョコの箱をひっぱりだした。

「ほんとだ。すげえ、でっかいじゃん」

「ちがうよ。むりにおしつけられたんだから……」

あの子が、あわてて、弁解している。

「うそつけ!それが、ホントなら、だれからもらったか、いってみろよ」

からかい半分の声が、だんだん、大きくなった。

「いえば、いいんだろ。体操部の、山下育子って」

あの子は、青白い顔をして、育子ちゃんのほうを、指さした。

「あっ!」

洋子は、いそいで、自分の口を、おさえた。

霧がはれていくみたいに、はじめて、いろんなことが、わかってきた。

ーーー育子ちゃんも、あの子のこと、すきだったんだ。

でも、私も、ゆいちゃんも、そのことを知らないでいた。だから、今朝、あんなに、イライラしてたんだ。育子の気持ちなんか、だれもわからないんだから……ってふくれてたんだ。だけど、あの子、許せない!あんなふうに、ばらすなんて……!---けたかもしれないよ」

洋子は、あの子にたいする気持ちが、すうーっと、冷えていくのを感じた。

日焼けした長い足も、文庫本も、小首をかしげるくせも、なんの魅力もなくなった。

あの子は、ただの小島良之になって、立っていた。

洋子は、育子ちゃんのところにとんでいくと、肩をたたいた。育子ちゃんのほほは、涙でぬれていた。

「育子ちゃん、あんなやつ、洋子はもう卒業したよ」

「ホント?石田くんと、ゆいちゃんが、チョコ、ことづけたかもしれないよ」

「いいの。もう、そんなこと。あんな礼儀知らず、見たことない!」

洋子が、つよい口調でいうと、育子ちゃんが、ちょっぴり笑った。そして、

「じゃ、育子も卒業だ!あんなやつだとは、思ってもみなかった。ほかにも、ステキな人いるよねえ」

「もちろん。来年までには、見つかるさ」

「花の中1だもんね。そうと決まれば、練習、練習」

育子ちゃんは、きゅうに、元気になった。

「1・2・1・2……」

洋子は、育子ちゃんの声にあわせて、ひざの屈伸運動をはじめる。育子ちゃんに、くったくのない笑顔がもどってきて、洋子は、やっと安心した。


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