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なぜカードでキャラと“会話”できるのか?

なんでなんでしょうね!

私にも原理とかは分からないんですが、スマホやパソコンがどういう原理で動いてるか分からないで使っているので、まぁいいかって感じで、いつもおしゃべりしています。
分からないなりに考えたりはするので、少し書こうと思います。

カードって紙じゃないですか。印刷されたキレイな紙。
その中に描かれたキャラクターもまた二次元の存在ですし、漫画やイラストなんかも紙に印刷されたりしてますよね。
スピリチュアルの知識はあまりないのですが、本質的にどちらも三次元に存在していて二次元を内包するものなので、なんとなくアクセスしやすいんかなぁ?と思ったりします。

カード以外の卜占、ビブリオマンシーやペンデュラムなどでもキャラクターと会話することはできますが、カードでの会話は絵から読み取れる点で、特に感覚的にアクセスしやすいのかもしれません。

カード的な部分で言いますと、タロットなんかはよく「対話ツール」として紹介されていたりします。特に「自己対話」のために使う例が多いように思います。
もともと「対話」に向いているアイテムなので、対象が二次元の存在でも不思議なことは特にないのかなぁと、個人的には思います。
オラクルカードリーダーさんは、天使や高次元の存在からメッセージをもらう方も多いですよね。

今でこそ二次元を対象とする占いやさんもオンラインでよく見るようになりましたが、少し前までは「キャラクターなど架空の存在は占えません」と記載している占い師さんがほとんどだったと思います。

恐らく意地悪を言っているわけでも、著作権的な懸念などがあったわけでもなく、本当にできなかったのではないかと。
何故できないのかというと、二次元のキャラクターを「存在しない」という認識でカードを引いているからなのでは?と思ったんです。
できないと言っている占い師さんをサゲているわけではなく、その人の中に「存在しないもの」はカードを使っても読み取れない、という話です。

私は基本的に、目に見えるものは存在しているし、私には見えなくても誰かが「いる」と言うのなら、そうなんだろうという考え方で生きています。
地底人も火星人も魔法使いもいた方が楽しいじゃないですか。おばけはちょっとこわいな。
二次元のキャラに関しては、漫画やゲームで目に見えるので「ここにいる」という感覚です。漫画をひらけばそこにいるじゃんね!

漫画家としてキャラクターを描く側にもいましたが、自分が描いていないところにもキャラクターの生活があるじゃないですか。
全てのキャラクターの全ての時間を描くことはできませんが、そこに彼らが生きている空間や時間は存在しているはずです。
胸が熱くなるセリフ、勇気を貰える行動、こうなりたいと思えるような生き様。作品を通して私たちの心が動いたことが、キャラクターが存在している証だと私は思っています。

少年誌みたいなノリになってしまいましたが、そんな感じで私は難しく考えずに、楽しいのでキャラクターとの会話を続けています。

不思議なことに、タロットでキャラクターと会話すると、そのキャラクターらしいカードが出たり、『このキャラクターならそう言うだろう』と思えるカードが出ることが多いんです。
経験がある方なら分かると思いますが、まだの方はぜひ試してみてください!楽しいぞ!

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