自己啓発休業取得 体験記      ~情報学の力から研究を支える専門家を目指して大学院へ~

北海道大学附属図書館 奥田 由佳

「大学院に行こう!」そう決意するのは、多くの人が大学3-4年生の頃ではないでしょうか。しかし、私の場合、その決意を固めたのは社会人になってからでした。
 
今回、「自己啓発休業」という形で、「北海道大学附属図書館に在籍しながらも、2年間お休みを頂いて大学院に通う」という貴重な体験を得る機会に恵まれました。
 
この貴重な体験について、「誰かの役に立つこともあるかもしれない」と思い備忘録をまとめさせて頂きます。
 
主に、

「なぜ、社会人になってから大学院に進みたいと思ったのか?」
「社会人でも研究を行う手段は?自己啓発休業ってなに?」
「実際にやってみてどうだった?」
「自己啓発休業を使う場合の注意点は?」
「社会人になってから(図書館職員として)大学院に進む意味とは?」

などを記したいと思います。 


なぜ、社会人になってから大学院に進みたいと思ったのか?

そもそも、なぜ「社会人になってから大学院に進みたいと思ったか」について、説明させてください。
私の場合は、以下の2つの理由でした。
 
①働く上で自分の力不足を感じた
②強く研究したいテーマを働く中で見つけた
 
まず、①についてのきっかけは、3年間勤めたサービス系の部署を離れ、図書館のシステム周りの業務や研究支援を行っている研究支援企画担当という部署に配属されたことでした。
私は、情報系図書館職員として、情報学の力から研究者を支えたい!と考えていたので、この人事はまさに願ったり叶ったりなものでした。
 
しかし、そこで感じたのは、自分の能力の中途半端さ、力不足でした。
 
自身の学部時代の専攻は生物学と情報学をかけあわせた分野で、情報学専門の専攻ではなく、3年間サービス系の部門で働いており情報系の知識が抜けてしまったこともあり、情報系のスキルが中途半端な状態でした。
そのため、「あれしたい!」「これしたい!」と思っても、自分の力不足で思うようにできそうにありませんでした。
 
対して、隣の席の先輩は、情報系の専攻を修了されていた方で、パパパーっと通常業務をこなし、+αのプロジェクトもやってらっしゃいました。

それを見て「自分もこういう風になりたい!」と思うと同時に、「やりたいことは沢山あり、自分は今それを行える環境に恵まれているのに、なんて自分の力は中途半端なんだろう、、、」と悔しい気持ちでいっぱいでした。

 「しっかりと情報学を学び直したい!」

部署異動がそう思うきっかけとなりました。
 
次に「②強く研究したいテーマを働く中で見つけたこと」も理由として挙げられます。
 
自身はサービス系の部署で働く中で、「先生や、特に研究を始めたばかりの学生に適切に文献提供、研究テーマの決定をサポートしきれていない状況をなんとかしたい!」と思っており、また、それを解決できるのは膨大な知識を記憶しきれない人間ではなく、コンピュータであると考えていました。
 
「会話の中で初学者の曖昧な興味を明確化し、文献を提供する対話システムを作りたい!!」
 
これは、サービス系の勤務の中でずっと考えていたことで、かつ、その時点では実現のためにいくつか課題があり研究する必要があると考えていました。
 
この、自分の力不足、そして研究テーマを見つけたことから「大学院に進みたい!」と思うようになりました。


社会人でも研究を行う手段は?自己啓発休業ってなに? 

 さて、「大学院に行きたい!」と思い始めた自分でしたが、いきなり「自己啓発休業」という手段に辿りついた訳ではありません。そもそも最初は「自己啓発休業」自体知りませんでした。
 
自分が模索した中で社会人で研究を行う手段は、自分として以下があると考えています。 

①社会人院生
②研究生・科目履修生などの在籍だけ
③自己啓発休業
(④大学院の特別プログラムや放送大学などの勉強のみのプログラム)

 まず、「①社会人院生」は、誰もがまず思いつくところかと思います。働きながら、学位の取得を目指すスタイルで、昼間に働き、夜間に研究することが基本的なスタイルと思います。
  
私もご多分に漏れず、最初に目指したのは、①の道でした。
 
しかし、調べる中で①の選択肢には、「制度面の問題」と「時間・体力の問題」があることがわかりました。
 
まず、「制度面の問題」とは、工学系の修士課程の修了要件です。
 
修士課程の卒業には、まず、授業に出て単位を取得するのが大前提です。
しかし、私が目指した工学・情報系は、その当時、夜間の授業が開講されている大学はありませんでした(現在はわかりません)。
そして、修士課程では必要な単位数もそこそこあり、働く時間が昼間の自分にとっては、単位取得の要件を満たすのは難しいものでした。
 
また、「時間・体力の問題」の問題も懸念としてありました。
恩師に勧めて頂き、「もし、社会人院生になったら、、」の予行練習として昼に仕事、夜間に研究を行う生活を続けてみましたが、
体力的な厳しさ、また情報系という研究の速度が早い分野で、この研究スピードの遅さは致命的だと感じました。
(この時、予行練習を勧めてくださった恩師様、ありがとうございました)
  
また、「②研究生・科目履修生などの在籍だけ」については、修士号を必要とせず、とにかく在籍し実験機器や研究に必要なリソースを借りることができる手段になりますが、基本的には修士課程に入学前の手段として使われていることが多く、ゴールがない中で在籍を許してくれる研究室は少ないです。
また、自分自身が予行練習の中で、しっかりと修士号取得という目標を持って取り組みたい!という思いが強くなり私の選択肢としては却下されました。
 
ここで、私は、①と②の道が閉ざされてしまい、「退職して大学院に進むか」「このままでいるか」の2択が迫られる日々が続いていました。
 
自分が目指して、苦労して手に入れた職です。図書館職員はなろうと思ってそうそうなれる訳ではなく、私は運良くこの職につけたことを重々承知していました。
 
一度やめてしまえば、もう戻れる保証などどこにもない。
 
しかし、幸か不幸か、一度強く「○○してみたい!」と思ったことに対して、やらずにいられない性分でした(ずっと気になり続けることが嫌なんだと思います、、)。

私は戦々恐々(恐々✖️100ぐらいでしたが)としつつ「退職し大学院へ進む」という選択肢に向かって舵を切ることを決め、「入学する大学院の調査」「試験に向けた勉強・資料作成」など準備を進めていました。
 
そんな中、土壇場で③「自己啓発休業」の道は開きました。
 
私は、戦々恐々(恐々✖️100)と進めていたため、色んな人に相談していたのですが、その中の何人かが、以下のようなことを仰りました。
  
「え?大学職員なら、大学院いく休業制度ぜったいあるって!ちゃんと調べてみな!」
「大学院いいね!自分の会社も休業制度あるから将来的に海外のMBAとかとってみたいと思ってるんだよね~」
 
と、、、
 
「大学院に行くための、、休業制度、、、!?」
 
自己啓発休業の存在を知った瞬間でした。
 
調べてみると、ほとんどの大学(国公立約8割、自力で調べました)が、職員が大学院にいくための休業制度をもっており、大々的に広報に体験談を取り上げている大学もちらほらありました。
しかし、残念なことに自身の所属する機関では設けられていませんでした。
せっかく見えた希望でしたが、運がなかった、、、とこの時思いました。
 
ただ、「自分以外にも、この悩みに直面する人はいるかもしれない。」と思い、「どうせやめるなら、ここまで調べたし議論の種にでもなれば」と資料をまとめ、制度利用の希望を出したところ、、、
なんと、その希望が通ったのです!
 
課長、そして庶務の方、そして実際にお会いしたことはないのですが事務局にいらっしゃった方々のご尽力のおかげです。本当に感謝してもしきれません。
 
こうして、私は③の自己啓発休業の手段をとり、大学院に進む選択肢を取ることにしました。
 
自分語りが多くなりましたが、この章のまとめと最後に言いたいこととしては、社会人で働く中で大学院進学への思いがよぎった場合、まず、自分が「勉強」をしたいのか、それとも「研究」をしたいのか、に焦点を当てて考えるべきと思います。
 
研究がしたい場合は、
社会人院生の手段が整備されている分野では、社会人院生の手段がまず基本的だと思います。
時間的、制度的問題がある方は、自己啓発休業などの休業手段を探してみるのも手立てだと思います。
 
勉強がしたい場合は、
社会人院生という選択肢にとらわれず、放送大学、オンライン講座など柔軟に手段が設けられていると思うので、「何を勉強したいのか」を明確化し、社会人院生という選択肢を取る前に、目的を果たせる手段を探すのが良いんじゃないのかなと思います。大学院は決して安い授業料ではないですし、そもそもの目的が大学院だと「研究」になるので、研究室の意識とミスマッチを起こし卒業できない場合も出てくるかと思います。  


実際にやってみてどうだった?

上記の経緯で、休業期間を頂きつつ大学院に通わせて頂いたのですが、そこでの実際の所感などを述べていきたいと思います。
 
・雰囲気
「一回社会人をやって、大学院に入るってどうなんだろう、、学生さんに煙たがれるかな、、?」と心配する方も多いかと思いますが、そんなことはなかったです。
自分は大学(学部)に通っていた時の同期に社会人を経験していた方が何人かいたので、自分が気にしなければ大丈夫だ、とは思っていたのですが、実際大学院はもっと多様な人が多くほとんど気になりませんでした。
国籍も、年齢も、経歴もバラバラで自分の経歴などそこではなんら珍しくなかったです(自分がそういった大学院(大学院大学)を選んだという面もあるかもですが)。
 
・勉強
正直、勉強は凄くハードでした。自身の進学した大学院が全て英語の授業だったこと、卒業のための単位数が多かったこと、また、ブランクがあり知識が抜けている状態で試験をクリアするのは中々に辛かったです。同期や先輩、各授業の先生に質問をしまくり、なんとかなりました、、、。関わった方々には感謝しかないです。
 
・研究
私が行った大学院は大学院大学という研究がメインの大学院だったため、モリモリ研究をすることができました。優秀な研究者(しかも人格者)が研究室には沢山いらっしゃり、沢山学ばせて頂きました。
 
・その他
研究する中で面白かったのは、医学図書館系が管理するシソーラスの美しさは、情報学の中でも結構有名ということでした。また、図書館学から情報系の先生になられた方もいらっしゃり、その研究内容を楽しく聞くことができました。
 
私が進んだのは、情報学の中でも自然言語処理という研究分野なのですが、テキスト解析は図書館とも何かしら繋がりやすいのかなとも考えられます。 


自己啓発休業を使う場合の注意点は?

次にもっとも書きたかったことなのですが、自己啓発休業をとってみて、気を付けた方がいいと思うことを挙げていきます。
 
・無給です。
それはそうなのですが、自己啓発休業期間中は【無給】です。さらに厳しいのが、機関によっては休業期間中に得られる収入に様々な制限が付く場合が多いということです。
私は、行く前に大分無理をしてお金を貯め、無利子の奨学金審査に合格、大学の格安の寮に入ることができ、なんとかなりました。が、正直厳しい生活を強いられたのでそれなりの覚悟が必要かと思います。
行く場合、事前に授業料・生活費の計算をしっかりすることが大事かと思います。
 
・保険料
ひとつ盲点だったのは保険料についてです。無給と言えど在職している時と同じ額の保険料を支払う必要があるため、その点は十分に注意が必要です。
幸い自分は、若手で保険料の額がそこまで高くなく、上述したように金銭的補助に恵まれた大学院(奨学金、寮など)に進学して何とかなりました。
自己啓発休業を取得する際は、金銭的補助に恵まれた大学院かどうかも十分考慮すべきだと思います。


社会人になってから(図書館職員として)大学院に進む意味とは?

結果として、図書館職員として大学院に進んだ意味は何だったか、結果として何が得られたのかというと、主に以下の2点だと思います。
 
①必要なスキルを得ることができたこと
②研究の作法を学べたこと
 
まず一番には、広く情報系のスキルを学ぶことができました。正直、大学院の2年間で基礎的研究を学ぶのは限界があったため、まだまだまだ、、、といったところですが、全体の外枠を理解し、未知の事柄も調べられるようにはなったと思います。
また、自分の研究の分野は自然言語処理と呼ばれる、最近ChatGPTなどでたまたま話題になった分野のため、自身の研究内容を業務に活かす、などができればと考えています。
 
次に、修士課程の一番の目的ですが、研究の作法、手順を一通り学べたことです。
修士・博士課程の学生さん、そして先生が実際にどのようなことを行い、どのようなことを思い、何を必要としているのか、その解像度があがったと思います。
この経験、視点は研究支援を行う上で大きな糧になるのではないかと考えています。
 
具体的な成果としては、査読付きペーパーを通し国際会議で発表することができました。
また、修士号も無事頂くことができました!
 
個人的に、大学職員・大学の図書館職員が、どういった場合に大学院に進むと良いことがあるか、についてですが
 
「研究を行う力を身に付けることで仕事でできることが広がる。」
そういう場合に行くべきなのかなと思います。
自己啓発休業は、特に金銭面から安易な気持ちで取ることは、なかなかおススメできないのですが、明確な動機がある場合、大きな糧となる制度だと考えています。 

国際会議で訪れた Culver City(筆者撮影)
国際会議で訪れたUSC(筆者撮影)

反省・考察・今後の展望

以下自分語りとなりますが、全体の反省として、まだまだやりたいこと、山の登り始めといったところで、正直悔しい気持ちが強いです。
しかし、「研究仲間、知識、経験」、そこで得られた全てが自分にとってはかけがえのないもので、一切の後悔はありません。
 
以前はサービス系の部署で働いていましたが、そこで出会った研究者・学生さん達の好奇心にみちみちた目が好きでした。お年を召され退官されてなお、文献にあたり、目をらんらんと輝かせ、新たな知見を探す、、、とてもロマンがあることだと思います。
自己啓発休業で得た知見を、業務に特に「研究支援」という形で生かせていけたらな、と思います。
 
現在の業務を効率化し、図書館のもつリソース「学術文献」「レファレンス能力」を研究者に最大限に繋げる。大学図書館の役割の中でも、今も変わらず最も私がやりたいことです。
 
これをより叶えるためには、人的スキル、情報学のスキル、図書館職員としてのスキル、社会人としてのスキル、その他もまだまだ力が無いことを痛感します。
 
それでも、今回の経験が自分が目指すべきところの第一歩となったのは確かだと思います。
背中を推して下さった方々には再度感謝申し上げます。
 
研究というロマンにあふれた活動を情報学から支援していく。
そこを自分の目指すべきところとして、どこにいても、どんな立場でも、心の隅において働いていきたいと思います。
 

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