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チームワークを測定するツール: SLAPタイピングタスクの紹介(前編)

1. はじめに

「チームワーク」や「望ましいチームとは」を考える研究は、組織科学や経済学、経営学、心理学など、様々な分野においてとても広くなされています。多くの研究が、実験(ラボ・フィールド)を用いて、インセンティブや制度、チームメンバーの心理特性や多様性、チームが置かれた状況や環境要因などが、チームワークにどのような影響をもたらすのか、言い換えれば「最高のチームを作るには」について、科学的な検証を行なっています。

ラボ実験などでは、チームワークを測るためのツールとして、有名なものではマシュマロ・チャレンジというものがあります。これは、パスタ、テープ、ひも、マシュマロを使い、チームで制限時間内に、できるだけ高い自立可能なタワーを立てるチームアクティビティです。他にも、チームでいくつかのクイズやパズル、最適化問題などの数学、記憶やパターン認識などの問題に答える、ビジネスアイディアを考える、というようなタスクを用いて、実験環境でチームワークやチーム能力を測定しようとするものがあります。

しかしながら、チームワークとは「チームメンバー同士の相互作用によって発揮される力」であると考えるのが自然ではある一方で、多くの実験研究で用いられるチームタスクは、『チーム内に能力の高い個人が一人でもいると、チームパフォーマンスが高くなる』という「個人能力依存型」であるという問題があります。マシュマロ・チャレンジにしても、クイズにしても、またはビジネスアイディアをチームで考えるようなタスクにおいても、チーム内の一部の人間にそのスキルがあれば、チームパフォーマンスも高くなってしまい、これでは真にチームワークを測ることができているとは言い難い状況にありますし、一部の人の努力がチームパフォーマンスのほとんどを決めてしまうようでは、そもそもチームを組んでいる意義すらわからないものとなってしまます。

そこで、
1. チームパフォーマンスが、個人の能力に過度に依存せず、メンバー間のチームワークや相互作用によってパフォーマンスの大部分が決まるような性質をもち、
2. 研究者の実施ハードルが低く、実験運営が容易であり、また、参加者に特定の前提知識や能力を要求せず、
3. データ分析に必要なチームパフォーマンスを、様々な客観的な指標で測ることができる
という特徴を持つコンピュータベースのチームタスクを開発しました。名前を 「SLAPタイピング・タスク」と呼びます。

この記事では、前半・後半の2回に分割して、SLAPタイピングタスクの特徴、インストール・カスタマイズから実施に関するTIPSなどを紹介します。前半であるこの記事では、SLAPタイピングタスクの概要やルール説明、このツールを用いることのメリットなどを説明します。

より詳細な情報についてはSLAPタイピングタスクに関するチュートリアル論文である Hattori (2024) を参照してください。


2. SLAPタイピングタスクの概要

SLAPタイピングタスクは、ペアで1台のキーボードを共有し、片方がキーボード左側にあるキー [S] と [A]、もう片方がキーボード右側にあるキー [L] と [P] の入力を担当しながら、制限時間内でできるだけ多くの "SLAP" という文字を入力することを目指すコンピュータベースの超シンプルなタスクです。

ペアは1台のPCの前に、下図のように座り(左がプレイヤー1、右がプレイヤー2)、S→L→A→P→ と二人が交互に入力を続けていくようなタスクです。

タスク取り組みイメージ

経済学や心理学では、被験者に実際に労力を払ってもらうようなタスクを行なってもらういわゆる "real-effort task" というものが、実験研究では用いられています。その中でも、ab-typing taskと呼ばれるものがあり、被験者はたった一人でababababab…とただひたすら入力を続けるというタスクがあり、これをヒントに、「このチーム版を作ろう」ということで作成したのがこのSLAPタイピングタスクです。

まずは、実際に触ってみてください。
日本語版は
こちら、そして英語版は こちら です。

さて、タスクを実際にご覧いただけたと信じて、タスクの内容に話を戻しましょう。このタスクは3回の入力セッションと、セッションの間にペアで作戦を話し合うためのコミュニケーションの時間が2回あります。初期設定では、入力セッションは1セッション 60秒、作戦タイムは 90秒に設定されています(この設定は簡単に変えることができます)。以下のスクリーンショットにあるように、一つの入力セッションが終わるたびに、そのセッションの結果が記録され、画面に表示されます。

スクリーンショット(日本語版)

結果は、「正しくSLAPという連続した文字列が入力された回数」であるSLAP入力数、"SLAP"という連続した文字列でない文字数をカウントしたミスタイプ数、そしてそれらから計算されたセッションのスコアの3つが表示されます。SLAP入力数が点数となり、そこから「ミスタイプ5文字につき1点の減点」という処置がなされたものが、スコアとなっています。この「ミスタイプによる減点」も、簡単にカスタマイズすることができます。

3. タスクのインターフェイスと機能

SLAPタイピングタスクのユーザーインターフェイスは、シンプルで直感的に操作できるように設計されています。参加者ペアは、最初に、トップ画面にあるID1 と ID2 を入力しします。ID の入力後、「タスク開始」ボタンを押すことで、3秒のカウントダウンののちに、入力タスクが自動的にスタートし、中央に配置されたテキストエリアに「SLAP」を入力します。画面上には、各セッションの残り時間を表示するカウントダウンタイマーと、セッション 間の作戦タイムの残り時間を表示するタイマーが配置されています。

各セッション終了後、先ほど述べたように、参加者のパフォーマンスに関する情報が表示されます。入力セッションでは、バ ックスペースやデリートキー、ほとんどのショートカットは無効になっていますが、(あえて)ショートカットを用いたコピー&ペーストは有効としています。これは、参加者が不正行為を行う可能性を考慮にいれています。参加者がコピー&ペースト機能を使用した場合、チートが行われたことを実験者が結果データから把握できる(ただし参加者にはそれが実験者に知らされたとは気づかない)ようになっています。これにより、このタスクを用いた「不正行為やチート」の実験などにも使えるようにしています。

4. タスク設計の目的と実施者にとっての利点

先ほども述べましたが、このSLAPタイピングタスクは、チームメンバーの協力やチームワークの質を評価するために開発された実験パラダイムです。「SLAP」という単語は「ひっぱたく」という意味の英単語ですが、これらはチームワークの質を評価する上で重要な以下の4つの要素の頭文字で構成されており、これらの要素がどのようにチームにおいて機能しているのかを測るツールであると考えています。

  • Synchronization(同期):メンバーは息を合わせて打鍵のタイミングを調整し、交互に素早く文字を入力するという同期能力を要求される。

  • Learning(学習):入力タスク中に発生したミスなどの経験から、チームは入力タイミングやリズムを学習し、それについて作戦タイムにて的確に議論することで問題点を改善することが求められる。

  • Adaptability(適応能力):タスク中に発生する様々な状況(入力ミスや速度の変化など)に迅速に適応し、チームとして対応する能力が求められる。

  • Persistence(持続力):入力セッションの間、高得点を目指して諦めずに持続的に努力する持続性を求められる。

余談ですが、"SLAP"という単語を入力ワードとして決定するにあたり、本当にたくさんの試行錯誤がありました(おそらくプログラムの作成よりも時間がかかりました)。なぜなら、① 2人のプレイヤーが1台のキーボードを共有して使うため、2人の手や腕が接触しないよう適切な距離を保つために、キーボードのできる限り左側に配置された2つのキーと、できる限り右側に配置された2つのキーを、それぞれが担当し、さらにそれらが交互に入力されることで完成するワードでなければならないこと、② 単語が意味をなし、参加者が覚えやすい馴染みのあるものであること、そして③ 4つの文字が、このタスクで測ることができるチームワークの質を表すワードの頭文字であること、です。

作者心の声

これまで延べ400人ほどにこのタスクを実施し、検証をしました。それにより、1回の入力セッションを60秒、作戦タイムを 90秒、そしてミスタイプによるスコア減点ルールを決めました。60秒のセッション時間は、集中力を維持しつつ、チームの持続力の如何が発揮され、パフォーマンスの変化を観察するのに十分な長さですし、90秒の作戦タイムは、参加者がこれまでのセッションを振り返り、学習し、適応した上で次のセッションに備えるのに適切なコミュニケーションの時間であると判断し、初期設定をそのようにしています。

また、実験者側にとっても、このタスクの実施は様々なアドバンテージがあります。まずは実施において、PC教室のような比較的大きな教室でも実施可能ですし、JavaScriptベースですのでブラウザさえ動けば、インターネット接続がなくても実施できます(ただしその場合は、スコアの自動送信機能は使えません)。タスクが開始すれば、セッションの進行から作戦タイムへの移行、終了、そして結果が実験者のデータベースに送信されるまで自動で行われます。また、このタスクは無料で使用することができます(ただし、使用したものをpublicにする場合は Hattori (2024) 論文を引用してください)。

このNote(前編)では、SLAPタイピングタスクの説明やメリット、機能などについて説明しました。後編では、タスクを実装(インストール)し、カスタマイズをし、実際に実験環境で使用するまでを簡単に説明したいと思います。

後編はこちら

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