見出し画像

BLUE  【track1】

【track1】 藍色

 海鳴りが割れるような音と共に光景は青に包まれた。


 完全な青というよりは、色褪せた白黒写真が映す藍色に近い。事実、それは十年も昔の記憶であって、写真の中に入り込んだように世界は静止し続けている。


 幼い頃の僕は、コンサートホールの舞台に立っている。向かい合う観客達は皆、真っ青な顔をしていた。目の前に仁王立ちしている男のジャンパーも陰に覆われた顔も青い。足元に横たわっている父の姿も青い。父の腹部から流れ出す血も青かった。飛び散ったそれも生温かいはずなのに、身体の芯から冷たく感じる。

 気がつくとそれは、インクのように皺の間に入り込み、皮膚全体に染み込んできた。指先から腕へ、頬から首筋へ、色の濃度を深めて体を侵食していく。僕は恐怖で身動きが取れず、助けを求めて辺りを見ても、見開かれたいくつもの双眸は、こちらを見据えてただ青さを増すだけだった。とうとう喉に流し込まれた青は、呼気を凍らせ、呼吸を縛る。鼓動はひどく高まっているのに、どんどんと体は機能を停止するほどの冷気を纏って凍っていくばかりだった。視界にぬらりと青の幕が下り、意識は薄れゆく彩度とともにゆっくりと飲み込まれていった。





 真っ白なはずの天井が水色がかって見える。目を覚ましてそれを認識した途端、身体の全てにだるさを感じた。またやってしまったか。自室のベッドに横たわりながら心の中で呟いた。すると、視界の端から母の困り顔が現れた。


「蒼斗(あおと)、大丈夫?」


 母は心配そうに尋ねた。大丈夫だよ、と母を安心させるために起き上がる。冷え切った指先は青白く、感覚が少しばかり麻痺していた。ぎこちなさがばれないように、自然に口角を上げる。だが、母は困り顔のままだった。


「ごめんね。私が急に入って来てしまったから……」


「僕が不用意に歌ってたからいけないんだ。母さんのせいじゃないよ」


 母の言葉を遮って、語尾を強めて言う。途端、母は両手で顔を覆って泣き始めた。


「貴方までいなくなったら私……どうしたらいいの」


 嗚咽を漏らして泣く母を優しく抱きしめる。震える背中を、赤子を寝かしつけるように一定のリズムで叩き続けた。


「大丈夫だよ。いなくならないから。一人にしないから」


 呟きながら、呪いのようだと自分で思った。感覚を取り戻した指先が、触れるたびにじわりと悲しみを吸い取っているように感じる。僕はまだ、水色がかって見える壁を見つめていた。

ーーーーーー

この物語は、以前投稿した小説『青の世界へ』を加筆修正したものです。文章は少し変わっていますが、内容はほぼ同じになります。続きは前回投稿したストーリー展開までは、できれば投稿していきたいと思っております。

次の話はこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?