見出し画像

ともに生きる

学生時代に書いたシナリオです。「海の生物と暮らす人々の町」を舞台に繰り広げられるストーリーという課題で書きました。私は"エビ"をテーマに書きました。夏っぽいので投稿してみました。

___________________________________________________

1 海老沢家・押入れ
 暗闇の中、体育座りをして、腕の中に顔をうずめている海老沢伝(つとむ)(9)。
 沈黙が続く。
 激しい足音が聞え、戸が開く。
 戸の前に仁王立ちしている海老沢綾(33)。
綾「ツトム! 早く来なさい!」
 と、伝の手を引いて、押入れから出す。

2 同・リビング
 テーブルに向かい合って座っている伝と綾。
綾「その怪我はどうしたの?」
 伝、黙って俯いている。メガネをかけていて、唇の端には絆創膏が貼ってあり、目の周りが赤くなっている。
綾「言わなきゃわからないでしょ?」
 綾、動かない伝を見て、ため息をつく。
 そこに入ってくる海老沢茂子(83)。
茂子「どこにおった?」
綾「(呆れて)押入れです」
 茂子、笑いだす。
茂子「やっぱり海老沢の血じゃのう」
不思議そうな顔の伝と綾。
茂子「エビは暗闇の中で暮らしとる。伝も暗闇におると落ち着くんじゃな」
 伝、立ち上がる。
伝「もうエビの話なんて聞きたくない!」
 飛び出して行ってしまう伝。
綾「ツトム、待ちなさい!」

3 海沿いの道(朝)
 エビ、イワシ、コンブのモニュメントの脇を通って、がむしゃらに走る伝。
 伝、飛んできた缶を踏んづけて転ぶ。
 メガネが外れ、海に落ちる。
羽石の声「あーごめん、ごめん」
 伝に駆け寄る羽石(はぜき)真琴(35)。
羽石「(助け起こし)大丈夫か?」
 伝、起き上がる。
羽石「あ、擦りむいちゃってるな」
 伝の膝に血が滲んでいる。
 羽石、鞄の中からペットボトルを出して、水で傷口を洗う。
 伝、ハンカチを取り出す。
羽石「やってやるよ。(手を差し出して)貸してみ」
 伝、ハンカチを渡す。
 羽石、ハンカチを伝の膝に巻きつける。
羽石「エビ好きなの?」
伝「え?」
羽石「エビ柄のハンカチって珍しいから」
伝「(不機嫌そうに)持たされてるだけ」
羽石「あ、そうなの」
   伝、顔を上げ、羽石の顔を目を細めて見る。
羽石「なに? 俺の顔おかしい?」
 伝、地面を手探りし出す。
羽石「ん? どうした?」
伝「メガネが」
羽石「メガネ?」
伝「転んだ時に外れたみたい。おじさんの顔
もちゃんと見えないし」
 羽石、立ち上がり、辺りを見回す。
羽石「ないなぁ。もしかしたら海に落ちたかもしれない」
伝「えっ! どうしよう……」
 伝、困った表情で俯く。
羽石「家まで送ってやるよ。名前は?」
伝「ツトム」
羽石「そうじゃなくて…名字、上の名前」
伝「……嫌いだから言いたくない」
羽石「なんだそりゃ。言わないと家わかんないだろ」
 黙って俯く伝。
 羽石、困って頭を掻く。
羽石「そうだ。俺の名前を教えてやるから、ツトムも教えてくれよ」
 伝、少しためらうが、頷く。
羽石「俺は羽石真琴。『はぜき』って、羽根の羽に石って書くんだけど、これがどうにも正しく読まれないんだ。伝と同じで俺も名前好きじゃない」
 伝、羽石を見る。
羽石「さっ、ツトムの番だ」
伝「……え、海老、沢……」
羽石「海老沢? 普通じゃねぇか。なんで嫌いなんだ?」
 伝のお腹が鳴る。
 羽石、吹きだして笑う。
羽石「なんか食べに行くか。歩きながら話そう」
 と、手を差し伸べる。
 伝、手を取って立ち上がる。
    ×  ×  ×
 手を繋いで歩いている伝と羽石。
伝「僕の家はエビが神様なんだ」
羽石「ほぉ」
伝「だから、エビの物を持ってると神様が幸せをくれるんだ。逆にエビを殺したり、食べたりすると、罰が当たるんだって」
羽石「ふーん」
伝「だけど、そのせいで……」

4 小学校・教室(回想)
 ハンカチがひらひらと舞っている。
 ハンカチを高く掲げて振り回している田高(9)。
伝「返してよ!」
 と、ハンカチに手を伸ばす。
 男子生徒、伝のランドセルをひっくり返し、荷物を出す。ほとんどの物がエビの柄。
田高「うえっ、エビばっか! 気持ち悪ぃ!」
 伝、慌てて物をかき集める。
田高「どうせ食べられる生き物なのに、アガめてるなんて馬鹿じゃねぇの?」
 伝、俯いて黙っている。
 田高、弁当箱からエビフライを出す。
田高「食べろよ」
伝「ダ、ダメだよ!」
田高「海老沢の共食い見たい人~?」
 全員、手を上げ、笑っている。
   伝、男子生徒たちに取り押さえられる。
 伝の口にエビフライを入れようとする田高。
   伝、口を固く閉じている。
   田高、伝の頬を殴る。
   伝、倒れ、田高たちに蹴られる。

5 海沿いの道(昼)
 光る海面。
 手を繋いで歩く伝と羽石。
羽石「なるほどな。(ハンカチを見て)だから、それ」
 伝、頷く。
伝「僕だって本当は違う柄のものがほしいし、エビフライとか食べてみたいよ」
羽石「だったら、今から食べるか」
伝「えっ!」
羽石「丁度ファミレスもあるし」
 羽石の視線の先にファミレスがある。

6 ファミレス
 向かい合って座っている伝と羽石。
 目の前にはエビ料理が並べられている。
羽石「さぁ、たーんと食べろ!」
 戸惑っている伝。
羽石「どうした?」
 黙って俯いている伝。
羽石「ツトム、もう少しワガママでもいいと思うぞ。ある程度の年になったらな、そうワガママ言えなくなる」
伝「でも、罰が当たるの、怖い」
羽石「なら、俺がツトムに罰が当たらないように守ってやるよ」
伝「本当?」
羽石「ああ」
田高の声「海老沢じゃん」
 と、伝を指さす。
田高「それ、食べるの? 無理だよな? 海老沢はエビみたいに弱いから共食いもできないもんな?」
 伝、黙って俯く。
羽石「そう言うなよ。エビは多くの人が生きていくために命を与えてくれてる立派な生き物なんだぞ」
 ハッとする伝。
田高「弱いことには変わりないじゃん。海老沢も弱くて根性なしだ」
 伝、膝の上で強く手を握る。
伝「おじさん、食べさせて」
羽石「いいのか?」
 伝、頷く。
 羽石、伝にエビフライを食べさせる。
伝「おいしい…」
羽石「(伝の頭を撫でて)よかったな」
 田高、逃げるように去っていく。
 伝と羽石、笑いあう。

7 住宅街
 手を繋いで歩いている伝と羽石。
 咳をする伝。
 家の表札を見つつ歩いている羽石。
伝「おじさん、ありがとう」
羽石「見えてないんだから当たり前だろ」
伝「そうじゃなくて、エビは立派な生き物だって言ってくれたこと」
羽石「ああ、あれか」
伝「僕、エビは小さくて弱いだけだと思ってた。だから、何も言い返せなくて…。(咳をして)でも、それだけじゃないってわかったから。今度はちゃんと言い返せる、と思う」
羽石「まぁ、焦らずガンバレ」
 伝、頷く。
羽石「(表札を指して)あっ、あったぞ。ツトムん家」
   伝、咳こむ。その場にしゃがみ込む。
羽石「どうした? ツトム!」

8 海老沢家・伝の部屋
 伝、目を覚ます。
綾「ツトム、大丈夫?」
 伝の顔を覗き込んでいる綾と茂子。
綾「倒れたのよ」
茂子「エビ、食べたじゃろ?」
 伝、驚いて起き上がる。
茂子「海老沢の男児はエビアレルギーになる。ツトムもそうだったんじゃ。幸い処置が早くて助かったが、一歩間違えれば大変なことになっとった。早く話しとればよかったな。ごめんな」
綾「ツトム。全部聞いたわ、学校でのこと」
 きまりが悪そうに俯く伝。
綾「明日、買い物に行きましょう。あなたの好きな物を選ばせてあげる」
伝「お母さん…」
綾「ただし、もうあの羽石とかいう男に会うのはやめなさい」
伝「なんで?」
綾「あなたはあの男のせいで死にかけたのよ」
伝「おじさんは悪い人じゃないよ! それに…」
綾「(食い気味で)とにかくもうあの男のことは忘れなさい」
 伝、悲しそうに俯く。

9 同・地下室
 水槽の前で泳ぐエビを見ている伝。
 思いつめた顔で水槽をつついている。
茂子の声「ツトム」
伝「(ビクッとして)なんだ、おばあちゃんか」
茂子「ハゼという魚を知っとるか?」
 伝、首を横に振る。
茂子「エビは住処から出てくる時、ほとんど目が見えとらんのじゃ。そんな時、外敵から守ってくれる魚がおる。それがハゼじゃ。エビは一匹では生きていけん。人も一人では生きていけん」
 伝、不思議そうな顔をしている。
茂子「会いたかったら行きなさい」
 伝、笑って頷く。
 と、走っていく。

10 海沿いの道(朝)
 サメ、クジラ、イルカのモニュメントの脇を通って、走る伝。
 と、何かに気づき、止まる。
 光る海面を見ている伝。
 海面から顔を出す羽石。
羽石「(伝に気づいて)おう、ツトム。あったぞ」
 と、手を掲げる。その手にはメガネが握られている。
   伝、にっこりと笑う。
                  〈終〉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?