見出し画像

送り火の都

 地の大穴が開いて百年。そこから出でる魂魄は尽きることなく、現世の霊気は濃くなりすぎた。

 大気に溶けたそれは、濃くなれば自我の殻を侵す。故にこちらからも魂魄を捨て、濃度を保つしかなかった。


 大穴の淵、死の山は深い霊気の霧に覆われていた。


 贄ヤルマが咳をすると光の粉が彼の喉の底から湧き上がった。

「近いな」ルルの国の監督官、鱗鎧のドルヴァノはそれを見て呟いた。

「君も覆面を締めておきたまえ、身投げの前に野垂れ死にしたくなかろう」

「こんなとこまで誰も来ねえよ」ヤルマは息を切らしてドルヴァノを見た。

「ここで死んでも、贄になっても、誰も分かりゃしねえよ」

「それは困る。君も死に様は嘘をつきたくなかろう、私もそうだ」


 贄は、最初は敗戦国の棄民だった。やがてルルの国からも孤児や老人が、そして奴隷が贄となった。

しかしそれにも事欠くようになった。

もはや数人の贄など何の意味も成さぬ。それでも続いていた。


 いつしか言われるようになった。役立たずは、穀潰しは、率先して贄となれと。

それこそが家の栄誉、来世の救済に繋がると。


「俺が役立たず、あんたが穀潰し」ヤルマは笑った。

「能力に恵まれなかった。運にもな。来世に期待する。君もそうだろう」

「来世?俺はもう、人間はごめんだ」


 贄の監視者たる監督官は、やがてそれも贄の一員となっていった。


 やがて二人は山の頂上、穴を見下ろす高地まで辿り着いた。

「…何だ、こりゃあ」

ヤルマが呟く。

ただ穴があるものと思っていた。

「…都?」

穴の周りに都市がある。煙が上がり、灯りが点いている。

「どういうことだ、この濃さで、人が住めるわけが」

ヤルマはドルヴァノを見た。不思議と彼は落ち着いていた。ただじっと都を見つめていた。

「ドルヴァノ、お前」

思い当たる節があった。贄サリィ。かつて身分違いの恋をし、その咎で贄となった女。

「…知ってたのか?」

ドルヴァノは答えなかった。

【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?