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「伝統工芸品」と「革新的工芸品」のすゝめ

  かつての人は「こうゆうものが欲しい」時に自然を見まわし、代替できそうな身近な生物素材を見つけて利加工した。
  それが「伝統工芸品」になった。
  高い山々で区切られ1年の半分近くを雪の中で暮らす飛騨高山などでは、農業だけを生業として生活するには困窮するため、豊かな森林資源を活用して、木工などが始められ、数々の伝統工芸品が育まれたと感じている(飛騨の匠)。
  今、科学の目で改めて自然を眺めてみる。新しい気づきに出会う。
  生物が生存するために進化の過程で獲得した形質を模倣して新しい発明品を創造する。
  これは、今日まで生業としてきた産業だけでは、この国の暮らしが将来に渡って困窮すると危惧するため、新しく始める我が国の習慣としたい。
  ここでは、「伝統工芸品」に対峙するそれらを「革新的工芸品」と呼ぶことにする。

1.伝統工芸品
1)和紙 
 和紙の主な原料は、植物の表皮の内皮である靭皮繊維で、楮(こうぞ)・三椏(みつまた)・雁皮(がんぴ)などを用いる。楮とは、クワ科の落葉低木で、繊維が長いところが特徴である。用途は幅広く、奉書紙(ほうしょがみ)や障子紙、書道用紙などに使われている。ジンチョウゲ科の三椏(みつまた)は滑らかな素材で光沢をもつ印刷用紙などに使われる。枝が3本に別れるから覚えやすい。雁皮(がんぴ)は、同じくジンチョウゲ科で光沢の強い紙ができる。
 製造工程の最初は、原料となる楮などを刈りとることから始まる。来年また収穫できるように根の上を少しだけ残しておくことが大切だ。刈り取ったら樹皮をはがし、ひとつにまとめて乾かす。石灰やソーダ灰などのアルカリ性煮熟剤を用いて、樹皮を煮出し繊維を取り出す。皮に含有する脂肪やタンニンなどの不純物を溶かす。叩解で細かくした繊維を水に分散させ、ノリウツギや黄蜀葵(とろろあおい)という植物の根っこから出る粘液を棒でしっかりと混ぜ合わせることで、全体のねりの量と強さを調節する。
 残念ながら、私の勤めた王子製紙を、新一万円札の渋沢栄一が築いたことから、和紙は洋紙に取って替わられることになる。
2)綿
 綿(わた)はアオイ科の一年草で、日本で綿花栽培が始まったのは約500年前。当時、稲よりも綿花の方が高値で取引されたことから、近畿地方、大和、河内、摂津、和泉、播磨などに広がった。倉敷も干拓地の綿花栽培による紡績で栄えた街である。
 綿花栽培には干鰯(ほしか、イワシを原料とした肥料)が大量に使用された。大阪の商人が尼崎や堺などで綿花や干鰯の取り引きを行い財を成した。
 しかし、日本における綿花栽培も、開国により貿易が再開されると、海外から安価な綿織物が輸入され、明治15(1862)年頃から中国綿の輸入が始まると、国内の綿花栽培は急速に衰退した。紙の歴史と同様である。
 コットン自体は天然素材であるが、合成繊維に取って替わられることは考えにくい。
3)麻 
 麻は水分を発散し、乾燥しやすい素材のため、さらっとした夏に最適な着物を作り出す。糸作りには、まず苧麻(ちょま)を刈り取り、水に浸して表皮を剥ぎ取り、そこから繊維を取り出して乾燥させ、青苧(あおそ)を作る。イラクサ科の多年草である苧麻は古くから沖縄地方に自生する植物で、40日ほどで生育し、宮古島では年5回ほど収穫可能。糸を紡ぐところから始まり1つの反物が織り上がるまで、数年もかかる。
 麻は、他の天然繊維同様に人工繊維に取って替わられてはいるが、その繊維の特徴から、現在も様々な市場で使われ続けている。
4)絹 
 養蚕繭から繊維を紡いだものが絹、絹繊維は織物に使われる。
 お湯を入れた鍋に繭を入れ、石けんと炭酸ソーダを加えて煮る。煮繭機を用いた水蒸気の処理と湯の中での処理を交互に繰り返す。精錬の作業によって、絹本来の光沢とやわらかな感触を生み出す。糸叩き(糸はたき)をすることによって蚕の糸がもつパーマネント状のうねりを取り戻し、空気を多く含む糸にする。
 蚕(かいこ)の餌は桑の葉である。桑畑は江戸時代に拡がり、明治時代には官営の富岡製糸場が作られるなど、1900年代は日本が世界一の生糸輸出国であった。日本の繭生産量は、1930年(昭和5年)の40万トンをピークに減少し、2016年(平成28年)には約130トンまで落ち込んだ。これら衰退の原因は、日本人の生活様式が和装から洋装へ変化するに伴い、海外の低価格繭の流入、後継者不足などの悪循環が生じた。他の伝統工芸品と同じパタ―ンである。
5)漆器 
 木地にはケヤキ、ミズメ、カツラ、ホオ、などの樹木を伐採し2~3年放置した丸太を使う(「木を枯らす」という)。しっかりと枯らしたら、荒削りした後、オガクズを燃やして燻煙乾燥させたうえで、さらに数ヶ月から1年ほど自然乾燥させる(これで内表面とも「平衡含水率」になり、破損せず寸法が安定する)。
 6月から10月にかけて、漆(ウルシ)の樹幹に少し掻き傷をつけながら樹液を採取する。樹液をろ過した後、遠心分離機にかけて不純物を取り除き、熱を加え混練して液を下地に塗布し乾かして、漆に含まれるウルシオールが化学反応をおこしながら硬くなるため、何百年色落ちしない強固な塗膜を形成し、漆器が完成する。他の合成塗料では模倣し難いであろう。
6)和蝋燭
 櫨(はぜ、ウルシ科の樹木)の実から採取される蝋を原料とする。一本一本手作業で作られ、飛騨古川にある和蝋燭店ではその作業の様子を見ることができる。大量生産できないため、石油から採れるパラフィンを原料とする洋ローソクに取って替わられた。
7)曲木 
 飛騨産業が得意とする曲木家具。木材を蒸気で蒸して柔らかくしたうえで曲げ加工を施し、乾燥させて固定化する。およそ180年前にオーストリアのミハエル・トーネットが考案した技法が我が国に伝わったものであるが、秋田には、スギ材を湯煎で温めて曲げ、山桜の皮で縫い止めする曲げわっぱの技法が伝わっている。
8)寄木細工
 50種もの木々の緻密な色の違いを組み合わせによって様々な模様を作り出す寄木細工がある。
9)樺細工 
 「樺」とは山桜の樹皮を指している。山桜の樹皮を用いた木工品は、日本国内で秋田県のみに伝承されており、日本を代表する伝統工芸品のひとつと言える。
 合成接着剤ではしわが出やすくなってしまうため、木材に膠(にかわ)を塗り、樺を貼りつけてゆく。膠とは、動物の皮膚や骨、腱などの結合組織の主成分であるコラーゲンに熱を加えて抽出したものであり、これも天然素材である。
 木賊(トクサ)や椋(ムク)の葉を用い、鏡のように磨き上げる。ムクノキの葉の剛毛には珪酸質が沈着しており、紙ヤスリ代わりに使う。
 伝統的な工芸では、身の回りで手に入れやすく、実用に耐えるものを何とか自然物から探し出して利用してきた歴史がある。
10)竹細工・簾
 良質な竹を竹林から伐採し、伐採した竹は苛性(かせい)ソーダを入れた水で15分間煮沸し、染み出た油を拭き取る油抜きという工程を行ったのち、天日で十分乾かすと美しい象牙色に変わる。天日乾燥した竹は必要な長さに切断したのち、繊維に沿って半分に割りその半分をさらに縦に割る工程を繰り返し行い、太さの揃った竹繊維に沿って割ったものを編んでいく。
 簾は、なんとも涼し気。是非世界に広めたい伝統工芸品の一つ。
11)桐箪笥 
 桐の板は軽くて柔らかく、気密性が高いため隙間のない箪笥を製作するのに適した素材である。また、表面が焦げて炭化しても燃え広がりにくいのも木材の中でも熱伝導率が低い桐ならではの特性である。タンニン、パウロニン、セサミン等の成分により細菌や害虫を寄せ付けず、湿気に強いため、湿度の高い日本の風土で衣類を収納するのに重宝されてきた。
 安価な軽量合板パネルの家具が巷に溢れているのは、極めて残念である。

2.革新的工芸品:隠された自然の力の模倣〈バイオミメティクス〉
  生物にはまだまだ未知の世界が隠されている。それらを紐解き、明らかにしていくのが自然科学だとすると、そこから着想を得て、新しい技術の開発やモノつくりをするのが究極の「自然力」×「人間力」エンジニアリングである。
  これ等の着想はAI(人工知能)でも真似できまい。

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