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ひたち30号

「あと20分か」

ずんだシェイクを急いで飲みながら、腕時計を見た。

今日はゴールデンウィークの真っ只中。仙台駅は帰省客やお出かけしている人でごった返していた。駅構内を移動するだけでも大変だ。

お土産を買おうとしたが混んでいる中買う気にもなれず、目に止まった夕食用の深川めしとペットボトルのお茶だけを買い、足早に改札に向かった。

「えーと、6番線、6番線」

これから乗る列車はひたち30号。

仙台を18:02に発車し、終点の品川駅には22:52に到着する。
JR東日本の特急列車の中で最も走行距離が長い、かつ所要時間が長い列車だ。

ちなみに4時間50分あれば、新幹線のぞみで東京→北九州まで移動できてしまう。新幹線はやっぱり速い。

6番線に向かうと超巨大なポスターが出迎えてくれた。

特急ひたち号は2011年の東日本大震災によっていわき~仙台駅間で運転出来ない状況になった。さらに福島第一原発事故の影響により他の地域よりも復旧が大幅に遅れていた。2020年に常磐線はようやく全線復旧を果たし、9年ぶりに特急ひたち号が東京~仙台を走破するようになった。上野駅~東京駅を連絡する上野東京ラインが2015年に誕生しているので、東京駅・品川駅からも特急ひたち号に乗車できるように進化した。
福島県浜通りを始め、常磐線沿線をより盛り上げたい強い意志を感じる。

早速乗車してみることにする。とは言っても何も特別感はない。
シンプルな内装、座席、コンセント、フリーwifi。どこかで見たことがあるような車内だ。
でもそれがいい。首都圏でよく走っているような特急列車が杜の都までやってくる。それだけ心がざわつく。

座席に座って辺りをキョロキョロ見回していると列車はゆっくり動きはじめた。東京までの長い道のりが始まった。新幹線や普通列車と違い、程よい揺れかつ心地よいスピードで駆け抜けてくれる。

しばらくすると海側に工場が見えてきた。宮城県から茨城県の海側には沢山の工場・発電所がある。特急ひたち号はこうした工場・発電所に関わる多くのビジネス客を乗せて走っている。

仙台発車後の乗車率は2割ほど。旅行先で沢山聴いた子どもたちの話し声、笑い声が一切聞こえなかった。新幹線に乗れば1時間半で東京に行けることに加え、東京到着が真夜中であり、家に帰るのが遅くなってしまうのも理由だろう。本当に今日はGWかと疑ってしまった。

さっき買ってきた駅弁をさっさと食らい、パソコンを開く。最近は、旅行中でも色々作業したいことがあるので一緒に持っていく機会が増えている。だったら旅に出るなよって突っ込まれそうだが、現実逃避したかったのである。

列車は暗闇の中を突き進む。不意にキーボードを叩くのをやめ、窓の外を見上げてみると、月が一緒に付いてきてくれるようだ。かつて特急「月光」という列車があったことを思い出した。そのような名前の列車があったことも納得できる。

茨城県に入ると少しずつ乗客も増えてきた。茨城県最後の停車駅、土浦駅を通過したころには半分近く埋まっていた。それでも私の隣には誰も座らず、集中して作業できたと思う。

そろそろお尻が痛くなってきたなぁと思った頃、列車は東京都内に入ってきた。空に浮かんでいた東京のビル群の裏に隠れ、煌々とした東京スカイツリーが目に飛び込んできた。都内最初の停車駅、上野駅はもうすぐだ。

出来た資料を急いで整理・保存し、シャットダウンする。思いの外、作業が進んだ。こんなに列車内で集中出来たのは久しぶりかもしれない。確かに東京に着くまでかなり時間がかかったが混雑した新幹線に乗るよりかは充実した時間を過ごせた。新幹線がなかった頃に思いを馳せることも出来たし。

誰か『あずさ2号』のように『ひたち30号』という曲作ってくれないかな。


P.S. インスピレーション元



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