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Big L : Lifestylez ov da Poor & Dangerous

O.C. を聴いてしまったら Big L を素通りすることはできぬ、ということで続いて Diggin' in the Crates (D.I.T.C.) の最年少クルーにしてわずか24歳で凶弾に倒れてしまった若き天才ラッパー Big L  が21歳の時にリリースした 1st アルバム『Lifestylez ov da Poor & Dangerous』(95年)を手に取る。

1974年生まれ、出生名は Lamont Coleman。wiki によれば幼少の頃は "Little L" と呼ばれていたとのこと。アルバム・ジャケットを見ても決してイカツイ体つきとは思えないことからおそらく小柄な子供だったのでしょう。
(以下、wiki からデビューに至るまでの前半生を要約転載)

7歳の時、異母兄の一人 Leroy Phinazee に連れられ Run-DMC のコンサートに行き、そのパフォーマンスに心揺さぶられる。それが彼のラップへの興味に火を付け、12歳の時には近所の人々とフリースタイルを始める。

16歳でライムを書き始め、グループを結成、その頃から彼は "Big L" と呼ばれるようになる。125番街のレコード・ショップで開かれた Lord Finesse サイン会で Finesse に会い、そこで彼がフリースタイルを披露、その場で電話番号を交換する。

92年(18歳)にはデモ録音を行い(その一部は 1st アルバムに収録されたナンバーである)、Lord Finesse 2nd アルバム『Return of the Funky Man』(92年)をプロモーションするにあたり、それをサポートする形で MTV Raps に出演。

初めてのプロの仕事は、上記『Return of the Funky Man』収録のシングル・リリース『Party Over Here』のB面『Yes You May (Remix)』への参加。
そして正式リリースされた最初のアルバム・レコーディングは Showbiz and A.G. の 1st アルバム『Runaway Slave』(92年)収録の『Represent』にゲスト参加したもの。

同92年に Columbia レコードと契約し D.I.T.C. に加入、93年に最初のプロモーション・シングル『Devil's Son』(Showbiz プロデュース)、翌94年に2枚目のプロモーション・シングル『Clinic (Shoulda Worn A Rubba)』(Buckwild プロデュース)、同年7月にいよいよ本格デビューとなる『Put It On』をリリースし、その3か月後にはミュージック・ビデオもリリースされた。

そしてシングル・リリースされた『Put It On』を含む 1st アルバム『Lifestylez ov da Poor & Dangerous』が95年にリリースされることになる。

本格デビューする前の3作品『Represent』,『Devil's Son』,『Clinic』はいずれも YouTube で聴くことができるので是非聴いてみて欲しいのですが、既に彼のスタイルはおおよそ出来ていて、18歳の時にアマチュア 2000 人が参加するフリースタイル・バトルで優勝したというのも頷けます。

アルバムは全12曲。プロデューサーで見ると Lord Finesse 5曲、Buckwild 4曲、Showbiz 2曲、Craig Boogie 1曲 (私はこの人知りません) となっていることから判るように D.I.T.C. フルバックアップのもと制作されたアルバム。

前年94年には、同じ Columbia から NAS の1st アルバム『Illmatic』が DJ Premier, Pete Rock, Large Professor, Q-Tip などの凄腕クリエイターばかりを揃えて大ブレイクしたのとは対照的ですが(色々と言われているがエグゼクティブ・プロデューサー MC Serch のビジネス感覚の成果でもある)、先行する者たちが将来性のある若手を全面バックアップして育てようという意識はいずれも同じで、それがこの 90年代 Hip-Hop を魅力的で刺激的なものにしたように思います。

ちなみに私の手元にあるCDにはボーナストラック『I Shoulda Used A Rubba』が収録されて全13曲。実はコレ、『Clinic (Shoulda Worn A Rubba)』と同じ。タイトルが似ているようでビミョーに違うのですが、実は全く同じモノ。ややこしい。

ではレビューへ。

(1)『Put It On』は Buckwild プロデュース。O.C. の 1stアルバム『Word…Life』(94年)で稀代のトラック・メイカーとして腕を振るっていましたが、このアルバムでも同様の仕事っぷり。

冒頭の掛け声は Naughty by Nature『Hip Hop Hooray』(92年)、James Brown『Blues and Pants』(71年)などの先達からサンプリング。

そしてこのトラックを決定付ける太っといベース・ラインはジャズ・ベーシスト Buster Williams の『Vibrations』(76年)からのサンプリング。私はこのダブルベースの音色が大好きでして、Ron Carter が好んで使ていた La Bella 社のブラック・ナイロン弦ですね。
ビートは Hip-Hop ドラム・ネタの超定番 Skull Snaps の『It's a New Day』(73年)です。

ちなみに『Vibrations』は Roy Ayers Ubiquity 名義76年の同名アルバム収録の名曲がオリジナルなのですが、敢えてオリジナルでなく Buster Williams バージョンに目を付けてサンプリングしているのが秀抜なところ。

Big L の声は若くハイトーンで若干粘り気があり、どこか色気もある。フロウはスムーズで心地良いが、それだけでなく時折ネジ込んでくるスキルも持ち合わせている。フックでは客演の Kid Capri が煽りまくっていて、コレが実にカッコイイ。
3rd ヴァース前のブリッジでは Patois Chatta なる演者のラガ・フロウが差し込まれ、とにかく全てがサイコーの出来。これぞクラシック!!

(2)『M.V.P.』はアルバムからの 2nd シングル、Lord Finesse プロデュース。

元ネタはデトロイト出身・兄弟グループ DeBarge のスゥィート・ソウル『Stay With Me』(83年)とドラムは Grover Washington, Jr. の『Hydra』(75年)。この『Hydra』も Hip-Hop ドラムの定番ですね。

いかにも Load Finesse っぽい跳ね気味の黒いドラムに、原曲のメロウネスを抑えたビターな仕上がりにしているのが巧いですね。
ちなみにここでの MVP とは 'most valuable player' ではなく 'most valuable poet' とのこと。

これには『MVP (Summer Smooth Mix)』というリミックスがあって、メロウなキーボードに Michael Jackson の颯爽としたR&Bナンバー『Rock With You』(79年)をサンプリングし、フックで女性シンガー Miss Jones が唄う極上 Hip-Hop ソウル。フックでは Biz Markie の声ネタも使われてます。
陽が沈みゆく夏の夕刻、バルコニーで海を眺めシャンパンで喉を潤しながら聴く風情なのでしょうか。

(3)『No Endz, No Skinz』は Showbiz プロデュース。

元ネタは日本フィリップス企画で制作されたジャズ・ドラマー4人(Louis Bellson, Shelly Manne, Willie Bobo, Paul Humphrey)による共演企画盤『The Drum Session』(75年)収録のその名も『4 Aces』からサンプリング。

ジャズ・ドラマー達が集まっているのにそのドラムには目もくれず、ホーン・リフをフリップしてきている Showbiz の天邪鬼っぷりがステキ。

乾いたドラムは The Beatles, Jimi Hendrix, Cream をカバーした The Rubber Band のアルバム『Hendrix Songbook』収録で、唯一のカバーではなくオリジナル楽曲の『Rubber Jam』(69年)からサンプリング。Showbiz のヒネクレ振りが炸裂。

めちゃめちゃシンプルですが、シンプルゆえに Big L のラップ一本勝負と言ったところでこれぞザ Hip-Hop なり。フックでは Showbiz がコーラスで参加していてアツくなりますね。

(4)『8 Iz Enuff』は再び Buckwild プロデュース。
勇ましいホーンのリフは Gary Byrd の『Soul Travelin' Pt. I (The G.B.E.)』(73年)、どこかで聴いたことあるなと思ったら、Soul II Soul の『Jazzie's Groove』(89年)で使われていました。

落ちてゆくベースラインは南アフリカのジャズ・ピアニスト Abdullah Ibrahim 率いる Dollar Brand の『The Dream』(76年)、デッドな音のドラムは スコットランド出身ファンク、ソウル/R&B のバンド Average White Band の『School Boy Crush』(75年)からサンプリング。いやぁシンプルでカッコヨイです。

タイトルの 8 が意味するところは、Big L を含む8名のラッパーによるマイクリレーゆえ。で、あまり目にしたことのないラッパー達なので調べてみたところ、 Big L が93年に近所の友人やハーレムの仲間たちで結成したグループ Children of the Corn のメンバーが参加している。
やはり Big L のラップが一番やね。

(5)『All Black』は Lord Finesse のお仕事。

冒頭でプイプイ鳴くソプラノ・サックスは Weather Report の『Cucumber Slumber』(74年)から Wayne Shorter が吹くホンの一瞬のフレーズをフリップ&ループしたもの。
そこに圧のあるバスドラと乾いたスネア、ブヨ~ンと唸るベースによってタイトル通り黒光りするハードコア・チューン。

シンプルゆえにMCのスキルによってその出来が決まる。Big L の声は若いが少しも不安定な感じはなく、フテブテしいまでのフロウさばきに感心。フリースタイルで培ったスキルが活きていてるのでしょうね。

(6)『Danger Zone』これも Buckwlid プロデュース。
シングルリリースされた(1)『Put It On』のB面に収録。

冒頭の演説は Malcolm X。堕ちゆく太っといベースラインはブラック・ミュージックの御大 Quincy Jones のサウンドトラック盤『In Cold Blood (原作はカポーティの『冷血』です)』(67年)収録の『Down Clutter's Lane』からのようなのですが、イマイチ判りませんね…

ダークでシリアスなトーンに Big L の鋭利なラップは相性バッチりで、かなりドープなトラックに仕上がています。
フックでは(4)『8 Iz Enuff』にも登場した Children of the Corn のメンバーの一人 Herb McGruff を大きくフィーチャーしてます。

(7)『Street Struck』も Lord Finesse ワーク。

キレイな音色はレア・グルーヴで再発掘された8人組ファンクバンド Magnum から抑制されたメロウ・ジャズファンク・ナンバー『Witch Doctor's Brew』(74年)をサンプリング。
私、この Big L の元ネタキッカケで Magnum を初めて知ったのですが、唯一のフルアルバム『Fully Loaded』がかなりお気に入り!! B級っちゃぁB級なのですが、このイナタいファンクネスは嵌る人には堪らんはず。是非ご賞味ください。

メロウな上モノに飛ばしまくるホーン、そして強めのキック&スネアは Clyde McPhatter の『The Mixed Up Cup』(70年)とまさに90年代ド真ん中のマイフェイバリット。
J.B. の声ネタが使われているようですが、それよりも Tha Alkaholiks『Mary Jane (E-Swift Remix)』(94年)の声ネタの方が印象に残ります。

よくよく聴くと Lord Finesse 自身の3rdアルバム『The Awakening』(96年)と完全に繋がっている音作りで、いわば前哨戦といったところでしょうか。

(8)『Da Graveyard』は 6MC によるハードなマイクリレー・チューン。
Buckwild ですが、乾いたビート(定番 Skull Snaps の『It's a New Day』)とブーストするベースだけのソリッド&ミニマルなトラック。
とにかく MC 達のラップ一本勝負!! ということなのでしょう。

ラップは以下の順。
(intro) --> Big L --> Lord Finesse --> (hook) --> Microphone Nut --> Jay-Z --> (hook) --> Party Arty of Ghetto Dwellaz --> (Big L) --> Grand Daddy I.U.
若武者 Big L、凛々しいです。それを受けた Finesse は余裕のファンキー・フロウ。この時点ではまだ Jay-Z はブレイクする前のこと。そしてやはり、私は Jay-Z が好きではないですねぇ…

たぎるフックでノイズ効果音のように差し込まれるのは、Big L の初レコーディング・ナンバー Showbiz and A.G.『Represent』からのサンプリング。

(9)『Lifestylez ov da Poor & Dangerous』はアルバム・タイトル曲でこれも Load Finesse プロデュース。アルバムで最も短いナンバー。

暗く沈み込むようなダウナーなベースに、Hip-Hop 界のサンプリング・ネタ名盤 Bob James『One』(74年)収録の『Nautilus』からハイハットとキック&スネアをフリップ(おそらく DJ Premier プロデュース Group Home の『Inna Citi Life』(95年)と同じトコロを使ってますね)。

こころもち元ネタよりもBPMを少し落としてループさせることでネバッこいミディアムな黒いビートに仕立て、その上を Big L が噛みしめるようにフロウを繰り出してます。シャープなキレ技だけでだけでなく、ストーリーテラーとしてのスキルも見せますね。

最後の声ネタループは Big Daddy Kane の『Children R the Future』(89年)ですね。

(10)『I Don't Understand It』は2曲目の Showbiz トラック。

歪なネジれたダブルベースのループは、ジャズ界の鬼才 Eric Dolphy の『Alone Together』(63年)で瞬間的に弾かれた一瞬のフレーズをフリップしてループするというマニアックぶり。

ビートは、これも Hip-Hop 界隈では有名な Young-Holt Unlimited (元々はジャズ・ピアニスト Ramsey Lewis トリオのベース&ドラム・メンバー)の『Wah Wah Man』(71年)から鋭利なハイハットとキック&スネアをサンプリング。Hip-Hop 好きならこのドラムは絶対に聴いたことあるはずで、Loard Finesse や Showbiz & A.G. も自身のトラックで使ってる。

その固いビートの上にサイレン(のような)音を鳴らしまくり、ホーンをループするという荒技。Showbiz の硬派な手腕が冴えてますね。

(11)『Fed Up wit the Bullshit』は再び Lord Finesse。この人、黒いミディアムなビートを作らせたら天下一品ですよね。

メロウネスの元ネタは The Isley Brothers『Between the Sheets』(83年)のシンセベース。これも Hip-Hop のウルトラ定番ですね。個人的に直ぐに思い浮かぶのが The Notorious B.I.G. の『Big Poppa』(94年)ですが、あまりにまんま使いで、こちらの Load Finesse の方が巧く料理しているように思います。

乾いたスネアは James Brown の『Blues and Pants』(71年)、とにかく大ネタ使いですがこのミディアム・メロウが嫌いな人はいないでしょう。
Big L のフロウも粘りと余裕があって相性の良さはバッチリ。
フックで重ねられる "Aw, shit" は Big Daddy Kane『Ain't No Half-Steppin'』(88年)なのだそうな。

(12)『Let 'Em Have It L』最後だけ Craig Boogie プロデュース。この人よく存知ませんです。

タイトなドラムは Harry Nilsson の『Rainmaker』(69年)、そこにまたしても Bob James の『Nautilus』からサンプリング。ほんと Bob James はサンプリングネタの宝庫ですね。

クロージングっぽい感じはありませんが、なま音っぽいドラム・ビートを背に Big L が最後までライムを披露、最後の最後に Children of the Corn メンバーの一人である Ma$e が登場し the エンド。

久し振りに聴きましたが、全曲捨て曲なしのまさしく90年代の名盤ですが、特に前半(アナログ盤A面)のトラックの充実度合とBig L のキレッキレ具合がサイコーです。
個人的にハイトーン・ラップってあまり好みではないのですが、この Big L はとにかく別格。あまりに若い夭折が悔やまれる。R.I.P.

(13)『I Shoulda Used A Rubba』私の手元のCDにはボーナストラックとして収録。先にも述べていますが、94年の2枚目プロモーション・シングル『Clinic (Shoulda Worn A Rubba)』と同じナンバーです。

Buckwild 制作ですが、かなりマニアックなサンプリングになっています。ドラムビートとハンドベルは別々の音源からフリップする、背後では緊張感のあるストリングをウッスラずぅ~と鳴らす、J.B. のうるさいホーンズをぶち込む、とこれでもかとの作り込み。

Big L のフロウ・スタイルはおおよそ出来ているけど、後の『Put in On』で聴けるような自在な変化はまだ見せていませんね。


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