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Lord Finesse : The Awakening

O.C. そして Big L と来たら、次は Diggin' in the Crates (D.I.T.C.) の総帥 Lord Finesse しかないよね、ということで彼の 3rd アルバムにして90年代 Hip-Hop の完成形の一つでもある『The Awakening』(96年)を聴く。

Lord Finesse (出生名 Robert Hall Jr.) はニューヨーク・ブロンクス生まれ。元々MC出身である Lord Finesse は、1st アルバム『Funky Technician』(90年)ではトラック・プロデューサーに DJ Premier, Diamond D, Showbiz を迎えて制作(一説によればプリモ先生は実は「ほぼ全ての曲に関わっていた」との話もある)。
この時点では DJ Mike Smooth とのユニット名義だったが、91年には別れたらしい。その後に DJ Mike Smooth は作品をリリースした形跡がなく、Hip-Hop アーティストとしてはこの 1st で見るのみ。

2nd アルバム『Return of the Funky Man』(92年)では DJ Mike Smooth の名が外れてソロ名義となり彼自身が音作りも手掛けるようになった(全16トラックのうち6曲にクレジットが見られる)が、それでも D.I.T.C. の仲間である Showbiz, Diamond D らがだいぶバックアップしていた。

この 3rd では全16トラックの全てを Lord Finesse がプロデュースしており、トラックも大きく変容し、タイトル通り一気に『覚醒』したかのよう。
(Billbord の Top R&B/Hip-Hop セールス・チャートでも 1st 93位、2nd 95位 だったが、3rd 36位と大躍進)

彼の声は少し鼻にかかったようなほのかに甘い感じで、重低音ではないが深みがある。その声質ゆえフロウ・スタイルもキレ重視というよりはネットリ絡みつくようなトーンで、1st, 2nd の粗く黒いファンキーなトラック群は Lord Finesse の特質にバッチリ嵌ってる。

しかし、彼は同じ路線を踏襲するのではなく、図太さと繊細さが同居しソウルフルでメロウネスが格段に向上したこの 3rd で新たな方向性を提示したように思います。ただ、この 3rd 以降にアルバムを出すことなく今に至ってるのが残念。
一つの完成形を創ってしまったことで次作に取り掛かることが困難なのか、それともアルバム・クレジットを見ると Keyboard に Dinky Bingham (ファンク・バンド Jamaica Boys のメンバーだよね?) が全面参加しているようでこの Bingham との制作が肝だったのか…

全16トラックのうち7曲はインタールードとの位置付けで、9曲が本トラック(16番目のラスト・ナンバー『Actual Facts』は隠しトラックで、私の手元のCDには記載なし)。
と言ってもこの7曲のインタールードの出来が非常に秀抜で、手抜き感など全くなく、逆にアルバム2枚分のアイデアを惜しげもなく1枚に投入したと言えるかと。

ちなみにインタールードもサイコー!!と言えば Pete Rock & CL Smooth の 2nd アルバム『The Main Ingredient』(94年)ですが、Pete Rock が5秒~15秒程度のひらめきに対して、Lord Finesse の方は1分~2分との充実振り。
(正直やり過ぎとも言えて、同じくクオリティのアルバムを量産するのは無理だよねぇ)

ゲスト参加アーティストも豪勢で O.C., KRS-One, MC Lyte, Akinyele, Showbiz, Diamond D, A.G., Kid Capri, Large Professor, Grand Puba, Sadat X といった錚々たる面子。D.I.T.C. 以外にも彼の人脈の広さを示すものでもあるでしょう。
また、彼の声は独特のとろみがあり、これだけの客演に囲まれても彼のヴァースになると直ぐに Lord Finesse と聴き分けられるというのも天性のもの。

2021年にはリリース25周年記念としてリマスター再発され(CD盤とアナログ盤あり)、あわせて全15曲インストルメンタル盤が付けられた。さらにアナログLP盤には7インチ・イングル『Actual Facts』も付いてマニアには堪らないリイシュー。
と言いつつも私は購入しておらず未聴でして、おそらくインスト盤は単にラップ/ボーカル・パートが抜かれただけなのだと思うけど、でも超絶キモチ良いはず。というのも YouTube にインスト私家版Mixtapeがアップされていて、これがめちゃめちゃキモチ良いのですよねぇ。

それでは聴いていきましょう。

(1)『Da Sermon (Intro)』この2分超の導入部からしてもうメロメロ。
オルガンに拍手、これは明らかに教会の一コマですな。やがて濡れたエレピとハーモニクスを活かしたベースに導かれ、プリーチャー Lord Finesse が登場。
これを聴くといつも Aretha Franklin『Young, Gifted and Black』(72年)のアルバム・ジャケットを思い出しちゃうのよね。
一瞬のブレイクを経て(2)へ。

(2)『Time Ta Bounce』は(1)の続きのような1分ちょっとのインタールード。 Grover Washington, Jr.『Hydra』(75年)のドラムとハンドベル使ってビートが作られ、Doo-Wop がナビゲーター役としてこのニューアルバムを紹介。KRS,  O.C., Akinyele などの客演アーティスト達の名前が出てきますね。
ちなみにクレジットを見るとこのアルバムでベースを弾いているのは George "G.O." Washington とかいう大統領みたいな人。

(3)『True And Livin’』は浮遊感たっぷりのキーボードとゆったりとしたレイドバック・グルーヴが途轍もなくキモチ良いメロウ・チューン。彼の声質とミディアム・スロウの相性は格別で、早くも冒頭の3曲で逝っちゃいそうになるよね。

でもビートは Hip-Hop らしくバツッとクリアかつバウンシーで黒いファンクネスを感じさせるところが流石です。何やらこのビートのハイハットは Little Feat の『Fool Yourself』(73年)、スネアは Detroit Emeralds の『You're Getting a Little Too Smart』(73年)からサンプリングしているらしい。凄い!!
声ネタは James Brown と Biz Markie から拝借。

(4)『O’ Lord』では D.I.T.C. クルーの O.C. をフィーチャーしたインタルード。
タイトルは O.C. & Lord Finesse という意味でしょうか。
やはり O.C. のフロウは手堅いね。

ここで使われているドラムは Lou Rawls の 『Lifetime Monologue』(68年)からのサンプリングで、調べてみたら The Beatnuts, Black Sheep, Jay Dee, NAS などめちゃめちゃ引用されているブレイク・ビーツ・ネタでした。

(5)『Brainstorm / P.S.K. (No Gimmicks Remix)』の冒頭のナレーションは Cannonball Adderley Quintet のライブアルバム『Music You All』(76年)から借用。これはどういう意図なのかな。

そして絶対に誰もが聴いたことのある Quincy Jones『Ironside』(71年)から超絶有名なフレーズをサンプリング(古い人なら日本テレビ系列のTV番組『テレビ三面記事 ウィークエンダー』(75年-84年)で使われていたヤツと言えば100%判る)。
リバーブを多用し浮遊感はあるもののメロディアスなコードを排して緊張感を高めたマッシブなヘヴィ・チューン。

その他に David Axelrod『A Divine Image』(69年)から不穏なストリングス音を差し込んだり、声ネタは The Notorious B.I.G.『Come On』(94年)や Pete Rock & C.L. Smooth『The Basement』(92年)から持ってきたりとアイデアてんこ盛り。

ラップは KRS-One と O.C. が参加。O.C. も良いけど KRS-One のド迫力の前には Lord Finesse も優しく見えちゃうねぇ。

(6)『Taking It Lyte』ではフィメール・ラッパー MC Lyte をフィーチャーしたインタールード。とろけるようなエレピと心地良いベースをバックに姐さんがシットリとライミング。わずか1分程度で、フルトラックで制作しても良かったんじゃないか、いや、そうすべき!! と思わずにはいられない極上メロウネス。

元ネタはジャズ・ホーン奏者 James Moody『Stefanie』(76年)のスゥィートなフレーズ。ホーン(この曲ではフルートを吹いてます)でなくキモチの良いインスト部分をまんまループしたもの。
プロフィールを見ると Lord Finesse と MC Lyte、二人とも1970年ニューヨーク生まれの同い年なんだね。

(7)『Gameplan』は究極のメロウ・グルーヴ・チューン。
アルバムからの 2nd シングルで、Billboard Hot Rap Singles 37位。

以前も書いたけど、リリース当時 Hip-Hop ライターだった 萩谷 雄一 が「クルーザーのヤツ」と言っていたように記憶していて、クルーザーに乗って沈みゆく夕日を眺めながら冷えたシャンパンを一気に呷る、そんなシーンが目に浮かずスムーズ&ジャジーなトラック。

流麗なエレピはブラジルの鍵盤奏者 Deodato の『San Juan Sunset』(78年)からのサンプリングで、溜めの効いたドラムは Hip-Hop 界のド定番 Brethren の『Outside Love』(70年)。そこに Melanie "Missy" Coakley なる女性コーラスが唄い、このキモチ良いエレピとビートを延々とループすることによって得られる至福感は格別!!

Lord Finesse と共にライミングする女性は Marquee で、確か彼のガールフレンドだったんじゃないかな。ラップというよりはポエトリー・リーディングに近く、至極の Hip-Hop ソウル・ナンバーですね。
ただの効果エフェクト音のために Jean-Jacques Perrey『E.V.A.』(70年)、Les McCann『The Harlem Buck Dance Strut』(73年)、Ramsey Lewis『Dreams』(73年)などからもサンプリングしていて、とにかく Lord Finesse 畢竟の入魂ナンバー。

調べてたら J Dilla が『Believe It』(96年)でも同じことをやってるんだよね。で YouTube には 14 minutes version というのをアップしてる人がいてコレはコレで堪らん。

さらに言うと、シングル盤にはジャズ・ヴィブラフォニスト Roy Ayers を迎えて制作した『Soul Plan』というナンバーがあり、Hip-Hop というよりは完全にメロウ・ソウルです。勿論サイコーです!!
(冒頭のバスドラ連打は A Tribe Called Quest の『Oh My God (Remix)』(94年)だね)

(8)『Words From Da Ak』は Akinyele を招いた1分半のインタールード。
元ネタは超マイナーなジャズ・トランぺッター Frank Walton の『Safari』(78年)からのループ。これもちゃんと作り込んでも良かったかと。

Akinyele と言えば結局大化けせずに尻すぼみした感があるなぁ。
そう言えば下品なリリックでブレイクした『Put It in Your Mouth』(96年)のCDシングルを持っていたけど久し振りに聴いてみるかな。

(9)『Flip Da Style』では、これまた超マイナー・シンガー Johnny Robinson『Green Green Grass of Home』(70年)の導入部のチャイム&ピアノ音をサンプリング。そこに Lou Donaldson『Pot Belly』(70年)からホーンとオルガンを別々にチョップしてくるという技。

基本的にはキック&スネアとエフェクト的に音が使われるだけで、あとはフリースタイルさながらに Lord Finesse がライムを噴射。
おそらくドラムは Brethren の『Outside Love』と思います。

(10)『Showtime』はタイトル通りShowbiz 参加のインタルード。
もちろん Showbiz 自身がラップしてますが、最後に彼自身の 1st EP『Soul Clap』(91年)収録の『Diggin' in the Crates』からも声ネタとしてサンプリング。

ドラムはこれも Hip-Hop ではサンプリングされまくっているスコットランド出身の白人ファンク、ソウル/R&B バンド Average White Band の『School Boy Crush』(75年)から。Eric B. & Rakim, De La Soul, NAS, Pete Rock, Big L などなど数えきれないほど使われてますね。

(11)『Speak Ya Peace』の気持ち良いコードループはジャス・サックス奏者  Tom Scott and The California Dreamers の『Naima』(67年)。
ん? この曲名は John Coltrane のアルバム『Giant Steps』(60年)収録の『Naima』ではないですか、と思ったらやはりカバー曲でした。楽曲の出来としてはオリジナルの Coltrane バージョンの方が断然良いですが、Hip-Hop サンプリングネタとしては確かにこの Tom Scott ですね。

ジャジーなミディアム・メロウ・ループ、カンカン鳴るスネアとキック(おそらく SP1200 だよね)、背後でシャンシャン鳴り続けるハンドベル、と私的には黄金比なトラック。

ラップは4名のマイクリレーで以下の面子。
(フック) --> 1st ヴァース Lord Finesse -->  2nd ヴァース Marquee --> (フック) --> 3rd ヴァース Diamond D --> 4th ヴァース A.G. --> (フック)

フックは Pete Rock & C.L. Smooth『The Basement』と『On and On』, Big Daddy Kane feat. Biz Markie の『Just Rhymin' With Biz』の声をスクラッチ。(Pete Rock のやつはどちらも C.L. Smooth ではなくて客演アーティストのフロウですが)

(12)『Food For Thought』ではまたしても Cannonball Adderley のライブ・ナレーションからスタート。

フックで繰り返される女性ボーカルのサプリング元は Patrice Rushen の超名曲『Remind Me』(82年)で、これはソウル・クラックと言っても良いでしょう(Mary J. Blige や Faith Evans などの Hip-Hop ソウル女王にサンプリングされているのは勿論のこと、Common, Slum Village などでも使われてます)。スラップ・ベースを効かせたダンサブルなヒットシングル『Forget Me Nots』も収録されたアルバム『Straight from the Heart』(82年)は女性ソウル・アルバム好きには必聴です。

と書くとメロウっぽいけど、フロウパートのバックトラックはシャープなキック&スネアをベースに最小限の鳴りモノとホーン飛ばしというハードな作りで、Lord Finesse の声質&フロウはこのタイプのトラックが一番シックリ来る気がしますね。
声ネタに Big Daddy Kane が使われてます。

(13)『Da Kid Himself』はタイトルからも判るように Kid Capri をフィーチャーした1分未満のインタールード。
Big L の『Put It On』を聴いたばかりなので強く印象に残っておりますが、Kid Capri の煽り気味のアゲアゲなラップは景気付けにはもってこいです。

印象的なシングル・ノートのギターは Lou Donaldson の『Who's Making Love』(69年)で弾いている Melvin Sparks。

(14)『Hip 2 Da Game』は アルバムからの先行 1st シングル、Billboard Hot Rap Singles 36位、(7)『Gameplane』と並ぶ一撃必殺のスムーズ&メロウ Hip-Hop チューン。

元ネタは Oscar Peterson and Milt Jackson の『Dream of You』(72年)で、Milt Jackson のビブラフォンはジャジー&メロウの基本ですね。そこにドラムネタ定番 Detroit Emeralds の『You're Getting a Little Too Smart』(73年)でビートを作るという完璧なトラック・メイク。
声ネタも Otis Redding や James Brown を使ったりと (7) 同様の作り込みが凄いです。

このミディアム・ビートに Lord Finesse の甘いフロウの嵌り具合は別格です。(7) でクルーザーに乗ったあとは、(14) で湾岸線を走り海風を浴びながら聴く体ですかね。

ちなみにこの曲には Buckwild が手掛けた『Hip 2 Da Game (Remix)』というリミックスがあるのですが、Minnie Riperton feat. Peabo Bryson の永遠のメロウ・ステッパー『Here We Go』(80年)を使ったこれまた悶絶級のメロウネス。必聴。オリジナルとリミックスどちらも良し!!

(15)『No Gimmicks』は隠しトラック (16) を知らなければ最後のトラック。

冒頭ホーンの直後に大股でガシガシ歩きながら吠えるかのようなラップで KRS-One が再登場。極上メロウのあとはハードに締めるのか。

音像的にはリバーブ効かせてドリーミーなのですが、メロディ(コード)感はなくキック&スネアとエフェクト音の中、KRS-One と Lord Finesse が口角泡を飛ばしてマイク・リレー。もともと Finesse はバトルMCだし、KRS-One も手抜きを知らぬ人だがら、とにかくアツイです。
ドラムは (10) でも登場した Average White Band の『School Boy Crush』(75年)。

(16)『Actual Facts』元々は (7) シングル盤に収録されていたナンバー。

ジャズ界で作曲/編曲/プロデュースをこなす David Axelrod の1st アルバム収録の『The Smile』(68年)で最後の最後に鳴らされるひんやりとしたピアノ・をサンプリング・ループした緊張感ハンパないハーコー・トラック。タイプとしては (5)『Brainstorm / P.S.K. (No Gimmicks Remix)』に通じるかな。

Brand Nubian から Grand Puba と SadatX、そして Large Professor (この時点で Main Source からは離脱済み)といった大物MC 3名を迎え、殺気すら覚えるドープ・シット!!

マイクリレーは以下の通り。
(コーラス) --> 1st ヴァース Sadat X --> 2nd ヴァース Large Professor --> (コーラス) --> 3rd ヴァース Grand Puba --> 4th ヴァース Lord Finesse --> (コーラス)

全16曲 52分弱。浮遊感のあるメロウな上モノ、エッジの効いた黒いビート、心地よいループ、マイク巧者のフロウ。とにかく濃密。
真のマスターピースなり。


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