【三男のこと】NICUってご存知ですか?
我が家の双子はDD twins、二絨毛膜二羊膜双胎といって、一つの子宮の中に2人いるものの、胎盤と臍の緒が1人一つずつ与えられているタイプの双子だった。3種類ある双子のパターンの中で、1番多いタイプらしい。
(産婦人科では一卵性や二卵性が重要なわけでなく、どのタイプの双胎なのか早めに診断することが大事らしい。タイプによってリスクの度合いが違うからとのこと。詳しくは専門家ではないので割愛します。)
双子の妊娠はハイリスクだ。
そのため、私も妊娠後期の32週から管理入院をすることになった。安静にして、かつ毎日助産師さんたちに体調チェックをしていただいたおかげか、生産期と呼ばれる37週までお腹の中で育てることができた。
とはいえ、本当は人が1人育つ用に作られた子宮の中で、2人いるのは異常事態。双子にしてはハナマル!な大きさとは言われたものの、次男は2400g台、三男は2000g丁度で産まれた。
私が出産した産院では、2300g以下はNICU(新生児集中治療室)で赤ちゃんを24時間管理してもらうことになっていた。
産まれる前のエコーから分かってはいたのだが、案の定、三男は小さめで、その場で低出生体重児と診断され、呼吸の手助け等が必要との判断により、カンガルーケアの後そのままNICU行きとなった。
そもそもNICUという場所をご存知だろうか?
そこは限られた病院にしかない、早産児や低出生体重児、なにかしらの疾患がある子たちが治療を受ける場所だ。
生まれた赤ちゃんがいくところは、新生児室。NICUは、その部屋とは全く違うことを双子を出産し初めて知った。
いろいろな体験記を読むと、我が子がNICUに連れて行かれる時、胸が痛んだ。等の感想を持つ方が多いようだった。でも私の場合は、
先生や看護師さんたちに診てもらえるから安心だ。いってらっしゃーい!
という、何ともお気楽な気持ちだった。
そう。私は脳内がお花畑の妊婦であり、母であった。
出産してから1週間、母体である私は入院をして身体の回復と赤ちゃんの成長をみてもらう。そして、赤ちゃんのお世話を一通り教えていただく。
私の場合は、次男が新生室で、三男がNICUで管理されているという、とてもややこしい状況だった。
新生児室で次男の授乳した後、その場で搾乳をして、それを三男にあげるために隣のNICUに持っていく。
こんなメチャクチャ忙しい1週間を過ごした。
新生児室にいる赤ちゃんは、いわゆる出産後は特に疾患等なく体重もあって、基本的に元気な赤ちゃんたちがいた。お母さんたちも顔はげっそりしていたが、幸せそうで、皆必死にオムツを変えたり授乳をしたりしていた。
私も長男の時はそんな姿しか知らなかった。
お母さんも、赤ちゃんも。
それが当たり前な光景だと思い込んでいた。
NICU。
初めて足を踏み入れた場所。
なんというか、懸命に生きる命たちがそこにはあった。
赤ちゃんも、先生方も、看護師さんも。
あの空間にいる方々、みんなが。
命というものの尊さと、その最前線を見た気がほんの少しした。
モニター音、アラーム音が至る所で鳴り響く。
子宮に近い環境にするため、薄暗く日が当たらない。
保育器の周りにとてつもない量の機械が置いてある。
ホワイトボードには、さまざまな情報が書いてある。(あまり見ないようにしたが目に飛び込んでくる)
厳重な手洗い、消毒の必要性。
必死感が伝わる空間。
でも、どこか無機質。
三男はそこで約1ヶ月間を過ごした。
我が家の三男は特に身体の疾患はなく、簡単にいうと小さく産まれたため体重の基準をクリアするまでNICUにいなければならない。
本当にそれだけだった。
だから、私が面会に行っても抱っこしたり授乳したり沐浴したりすることはできたし、保育器にも三日間入っただけで、モニターには繋がれていたが元気そのものだった。
しかしふと隣を見ると、たくさんの機械に囲まれて治療を受けている赤ちゃんがいる。
気管切開されたであろう赤ちゃんが居る。
みんな可愛い。
でも私が長男のときには想像したことのない形で、赤ちゃんたちが生きていて、そこに医療関係者やご家族が必死にお世話や治療をしていた。
自分が、自分たち家族が当事者にならないと見えない世界がこの世にはたくさんある。
NICUもそのうちの一つだった。
ドラマのコウノトリで観ていて、NICUの存在は知っていたはずなのに。
いざ自分が足を踏み入れると、緊張感と切迫感で私はなんだか心細くなっていった。
しかし、看護師さんも先生方も、本当に良くしてくれた。親である私が近くでお世話ができない分、いつ寝たのか、ミルクの量はどれくらいか、酸素量は、活動量はいかほどか。
事細かにチェックし、記録してくれていた。
面会に行くたび、
『三男くんにみんな挨拶してから仕事するんですよ~!かわいいですよね〜!』
と言ってくださった。
写真を撮ってカードを作ってくださったこともあった。
本当に嬉しかった。
あの場所で、懸命に働く合間を縫って私たち家族のケアもしてくれていたのだと思うと、心がじんとあったまる。
取り留めもなく書いたが、この度出産した子どもがNICUにお世話になったことは、私の人生において貴重な経験となった。
無事に出産できるのは、当たり前ではない。
元気な赤ちゃんが生まれてくることも、当たり前ではない。
もし自分の子どもに何かあっても、助けてくれるスペシャリスト達がいる。
赤ちゃん一人ひとりに生命力があり、みなが懸命に生きている。
改めて、人は1人では生きていけないんだな。
NICUにお世話になって、そんなことを感じたのだった。
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