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ショートショート『透明人間』

「水分補給した分だけ
 人の濃度は薄まって
 いずれは晴れて透明人間になれるんだ」

じいちゃんは夏になるとよくそんな冗談を言った。

僕はじいちゃんの思惑通り沢山水分補給をした。
水って意外とすぐに飽きるんだ。
それでその夏に、
水はたくさん飲めないものなんだと知った。

僕はじいちゃんがしてくれる話しが大好きだった。
特に透明人間の話しが好きだった。

僕はじいちゃんに
「透明ってどんな感じなのかな?」
と聞いた事がある。
僕らは外に出された椅子で日向ぼっこをしていた。

「お前が想像するよりも、少し悲しいもんかもな」
とじいちゃんは言った。

「なんで悲しいとおもうの?」と聞くと、

「透明人間ってのは怖がられるだろう?
 孤独だぞ。
 自分からは皆んなが見えるのに、
 皆んなからはお前が見えないんだ。
 寂しいだろ?

 それに、見えないと自分の足とか手とかの長さがだんだん分からなくなって、
 足の小指も沢山ぶつけるかもな。」

僕は笑ったけれど、
じいちゃんは僕の頭を優しく撫でながら
とても真面目に話していた。

僕は言った。
「それは困るね、
 でもそうだとしたら、
 僕はずっと透明人間みたいな気分なんだ、
 小指も沢山ぶつけるしさ。
 僕は目が見えないから、自分を見た事がないでしょう?本当に自分が存在しているのかって時々不安になる事があるんだ。
 でもじいちゃんと居ると僕は本当にいる、と思える。じいちゃんは僕の気持ちを知っているから。」

じいちゃんは出来るだけ穏やかに愛を込めて笑っていた。苦しい気持ちは頑張って隠していた。
でもそれも僕には分かった。

僕は両親を知らない。
物心付いた頃から僕はじいちゃんと住んでいた。前はばあちゃんもいた。ばあちゃんは天日干しをした布団のような人だった。僕のこともじいちゃんのことも、いつも優しく包んでくれた。ばあちゃんは数年前に亡くなってしまった。

じいちゃんは僕の手の甲をポンポンと2回なでた。

静かに優しい風が吹いて
じいちゃんは
「夕飯の支度をするから家に入ろう」
と言った。

この事の何年か後の夏、じいちゃんも死んでしまった。
僕はずっとじいちゃんの事が大好きなんだ。

僕はよく、じいちゃんの言葉を思い出す。

「おまえの心はとても綺麗だ、
 そして見えないものを見るのが上手だ、
 おまえは大丈夫、じいちゃんの宝だ」

「じいちゃんはおまえが居るから寂しくなかった。 おまえは絶対一人にはならない。色んな人とあって、みんなの心をほぐして行くんだ。
 じいちゃんにそうしてくれたみたいにな。」

じいちゃんは透明人間だった。

透明がどんなものなのか、僕とじいちゃんだけが知っている。透明なものはとても暖かくて穏やかで優しい。僕はたくさんの人に出会って透明なところを知った。今とても幸せだ。

僕の大好きなじいちゃんは
僕が憧れた透明人間だった。

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