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真夏の思い出「父とカブトムシ」玄関から僕を呼ぶ声

亡くなった父は、忙しい人だった。

僕が生まれてすぐに企業し、終始、会社のやりくりに追われていた。

僕が小学校高学年の頃に亡くなったのだが、ずっと仕事に追われていた印象がある。

神経質で、交感神経が優位になりやすかったのだろう。

自宅にいるときは、真っ暗にした静かな部屋でひとり寝ていることが多かった。

父との記憶は、それほどたくさんないものの今でも印象に焼き付いている「夏の思い出」がある。

それは僕が小学低学年の頃。

その頃うちの家族は一軒家に住んでおり、僕は二階で就寝していた。

ちょうど夏休みに入っていたあたり。

寝室で目覚めると、一階が騒がしい。

「おーい、下りてこい」と父が呼んでいる。

眠い目を擦りながらトコトコ階段を下りていくと、玄関に父と父の会社で働いている男性が笑顔で立っていた。

上がり框に置かれた二つの虫かご。

虫かごの中には、カブトムシやクワガタがいっぱい入れられていた。

「うわっ」と声が出た。

虫取り少年の間で人気の高かった、ミヤマクワガタ、ノコギリクワガタの姿もある。

昆虫好きからすると、いきなり宝物をもらったようなものだ。

嬉しすぎて言葉が出ない。

目をまん丸にして、一心に虫かごの中を覗き込む。

興奮しながら、それを言葉にできない僕。

父の大きな手が僕の頭をぽーんぽん。

「お父さん、深夜に山へ捕りに行ったんやぞ」と優しい声で語りかける。

父は車の免許を持っていなかったので、仕事が終わったあと、会社の部下の方に頼んで車を出してもらい、昆虫がたくさん捕れる山まで赴いたようだ。

多忙な中、子供達のために時間を割いてくれたのだ。

寝室から出て階段を下りた瞬間、玄関から一斉にまばゆい光が飛び込む光景を、今でも鮮明に覚えている。

父は感情の起伏が激しい人だったが、あのとき玄関に立っていた父はとても穏やかだった。

母に父のことを尋ねると「子煩悩な人やったよ」と、いつも目を細める。

夏になると、よくこの日のことを思い出す。

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