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『皆のあらばしり』乗代雄介

乗代雄介さんは自分の大好きな作家の一人です。新作が出たら迷わず買う作家の一人でもありまして、来月の『文學界』に乗代さんの新作が出るとの情報が解禁されました。

私の悪い癖(?)なのですが、新作として買ってもすぐに読まないということが多々あります。気分とかによって一年以上放置してしまう。そんな風にしていたら新作情報が舞い込んだのでいそいそと読み始めました。(『パパイヤ・ママイヤ』はすぐ読んだくせにね…)

雲ひとつない空と陸にいるペンギン

『皆のあらばしり』は第166回芥川賞候補作でした。このとき受賞したのは『ブラックボックス』(砂川文次)

まずはこの作品の魅力に深掘りしていきます。

乗代さんといえば緻密な舞台設定。今回は栃木の郷土史を舞台にして細かい裏取りがされている。
タイトルの「皆のあらばしり」は本作で偽書として出てくる。その偽書の真偽を巡っていく。正直、乗代さんはその偽書の存在をどうやって知ったのか不思議だった。そして知り得たとしても設定に使うなんて、高等なテクニックだなと感心してしまう。乗代さんはとにかく設定から面白い。

近世、近代の歴史に詳しい関西弁の怪しいおじさんがいることで、異常なスピードで事が進んでもあまり不思議に感じなかった。あそこまでの知識を操ること、それは学問の本来の姿を見たような気がしました。ラストの主人公の学問への決意を表したセリフは印象深いです。

ここからはネタバレにも注意ですが、最終的な"オチ"は主人公の浮田の承認欲求があるから生まれたのだ。浮田自身の知識量はおそらく高校生の域を超えていて、歴史研究部に属しているとはいえ、同等の熱で語り合える人はいなかっただろう。それが年上とはいえ、自分よりも格上な存在と出会った。浮田にとって、やっぱり格上なおじさんに認めてもらいたいのだろうと最後の場面を見て感じた。
あのラストは幸せで出来た詐欺だ。

芥川賞の選評をちらりと読んだ。山田詠美は「こういう仕掛け、いらないから」松浦寿輝は「全体が会話劇の体裁なのに会話の言葉が不自然すぎて読者を乗せきれないのは、やはり致命的ではないか。」とやや辛口な批評が目立つ中、それでも乗代さんの筆力は認めていて、ファンとしては嬉しい言葉だった。
会話劇で進むからテンポも良いと感じたけど、人によっては流し読みになりやすく、とっつきにくさというものがあったのかもしれない。それが選考委員に言われた致命的というやつだろうか。

芥川賞を取れば後世に名が残るから、やっぱり推し作家さんには取ってもらいたいという思いがある。しかし不思議なことに面白い作品が取るわけでもないから難しいところ。
選評を読めば、辛口と思ったその言葉も素人ながらに分かってしまうから小説は面白い。
「芥川賞」にはらしさがある。傾向がある。選考委員が変わるからこそ年代によって全然カラーが違うのに、何か一貫しているものがある。芥川賞なんて面白くない!と世間には思われるかもしれないけど、読んで終えば案外悪くないと感じて次の作品を読んでしまうな。

おまけ
ところでこの関西弁おじさんは以前、『本物の読書家』で出てきた彼ですか?
乗代さんは一度出てきた登場人物を大切にしているのかな。もしそうだとしたら嬉しいし、今回のストーリーがその登場した当時から思い描いていたとしたら、これからはどんな登場人物と再会できるのか、考えるのが楽しみになるな。

そろそろ阿佐美家の話も読みたい。景子社会人編…とか、または弟のストーリーとか。
ゆき江ちゃんが視点になるストーリーはなんとなく欲しくないかも。彼女はミステリアスな存在のままでいて欲しい。

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