幕間 2 -小林真呼-


ゴポポ……

グワァッ

バクンッ

用意した効果音を流し、余計な音が聞こえないように一瞬でスピーカーの音量を下げる。
それと同時に舞台の照明を切り、2秒後にまた照明をつける。
ヘッドホンを外し調整室から足速に出て舞台裏へ向かう。
そして今回の舞台の出番を終えた恋人の姿を見つけ手を取る。

「あ………」
怯えたような表情から、安心して、泣き出した。
優しく抱きしめて、震える背中を撫でる。
「会えましたわ…今度こそ……」
肩で泣く恋人を落ち着かせようと
顎に手を添え顔を上げさせる。
「由良」
口づけをし、数秒。

離した時には震えは止まっていた。
「…ありがとうございます真呼ちゃん」
いつものように柔らかく笑って涙を拭いた。

「うん。問題ないな由良。真呼は戻るぞ」
「はい。宜しくお願いしますわ」

調整室に戻り、舞台上の声を聞くためのヘッドホンを付けモニターを確認し、台本を捲り現在のシーンを開く。

次の効果音は約7分後。
次の音源を用意し待機。


========


そしてカーテンコールが終わり、舞台照明を切ると同時に客席の照明をつける。
事前に撮っておいた小崎の影アナウンスを流し、終わったら音響装置の電源を切る。
これで本番中の真呼の仕事は終わりだ。

調整室をノックし、扉が開く。
「真呼ちゃん、お疲れ様ですわ」
「ああ」
椅子に座ったまま由良に身体を向け腕を広げる。
「先程のでは足りなかったか?」
と言うなり由良が飛び込んできた。
抱いた肩がまだ震えている。
「はい。もっと、わたくしを捕まえてくださいまし」

由良が得意とするメソッド演技法というものは役柄の内面に注目し、感情を追体験することによって、より自然でリアルな演技・表現を行うというものだ。
しかしその演技法は自己の内面を掘り下げるためか、精神的な負担が強い。
以前調べた事がある。
この演技法を行う役者は役作りに専念しすぎるあまり、自身のトラウマを掘り出し、情緒不安定になり、睡眠障害になり…
その治療薬の副作用で死に至ったと。
他にもアルコール中毒や薬物依存等様々なケースがある。

由良の場合は、何回目の自分かわからなくなってしまうらしい。
なので由良の出番が終わり次第、真呼は今の由良を捕まえにいく。


真呼と由良は、星見ヶ丘では『先祖返り』と言われている存在。
現世で死を迎えても、すぐにその血縁の者から新しく生まれる。
いわば自分の子孫からまた自分が生まれるのだ。
さらに、一番最初からずっと記憶を引き継いでいるところから「先祖返り」と呼ばれる。

現世で結ばれない恋人が互いの髪を一つに結び、とある岬で心中すると来世で結ばれる。
と言った伝承を信じ、心中したのが一番最初の真呼と由良。
その岬の伝承の力、はたまた真呼達に何らかの力があったのか詳しくは知らぬが
そこから真呼と由良は何度も生まれ、死んでいった。
生を繰り返し、必ず自分として生まれると分かっていてもその時代の世情や家庭の関係で由良と会えなかった人生もある。
どうやら由良はその『真呼に会えなかった人生』を真呼より多く経験しているようだ。

今回の舞台では由良は
現世では結ばれる事ができない相手と心中した女の役。
そして黒白服の男に 黄泉の国を泳ぐ鯨に食べられると、生まれ変わって幸せになれる。という伝承を聞いて喜ぶも、
心中した相手が黄泉の国にいない事から、共に死ねなかった事に気づく。
ならば生まれ変わりもう一度相手を探して
今度こそ共に死ぬ事を望むが
周りにも言われ本当に相手は心中を求めていたかを考える。
そして女は相手の居ない新しい人生を求めて
鯨に食べられる。

由良は今回の役を、真呼に会えなかった人生を思い出し、その時の感情を追体験して演じた。
その為か、今までで一番近くに真呼がいる今世から迷子になりかけたのだ。

「今までより、より深く潜ったろう。良い演技だった。だが真呼がいる時だけにしてくれ」
「ん…。大丈夫と思ってましたのに…」

本番が始まってから数日は問題なかったが、昨日あたりから傾向が見え始めていた。
なので今日は、由良の出番が終わってすぐに会いに行く事にした。

この数分で何度交わしたか分からない口づけを終わらせ、今世の由良が微笑む。

「真呼ちゃん、ありがとうございます。大好きですわ」
「ああ、真呼もだ。さらに愛している」
「あら?わたくしのが真呼ちゃんを愛してますのよ?」
「今から証明しても良いぞ。真呼のが由良を愛している」
「ではお家に帰ったら…お願いしますわ」
「ああ、寝不足になっても知らんぞ」
「ふふ。真呼ちゃんこそ。では着替えて参りますね」

最後に真呼の頬にチュッと口づけし部屋を出ていく。
自分からはそうでもないのだが、由良から口づけられるのは珍しいのもあり、物凄く嬉しい。そして何故か、照れる。
掌で口元を隠すようにして心臓を落ち着かせる。

モニターの横にある暗幕のかかった小さな窓から覗き、客席に誰もいない事を確認してから
客席の照明を消し、調光装置の電源を切った。

調製室を出て車庫に向かい、由良を待とう。
携帯で調べると現在17時半。打ち上げ自体は19時からだが真呼と由良は先に行きたい所があるから先に出ると言ってある。

車庫のシャッターを開けて一旦車を出す。
そしてまたシャッターを閉めるとすぐ横の扉から着替え終わった由良が出てきた。
「お待たせしました」
「乗っていてくれ。鍵を閉めておく」

とくに公演がある時はしっかり鍵を閉めておかないと、こちらから入ってこようとする奴が居ると聞いた覚えがある。
シャッターの鍵と、横の扉の鍵をしっかり閉めて車に乗る。
助手席に座っていた由良は電話をしていたようだ。
通話を切り、携帯を鞄にしまう。
「今から向かいますと伝えましたわ」
「わかった」
エンジンをかけて車を走らせる。

これから向かうのは、星見ヶ丘の山にある坂道商店街、そこの中腹あたりにある真呼の実家『茶寮こばやし』だ。
そこの店主に頼みがあると朝に行った時に聞いた。

「衛(まもる)さんの頼み事って何でしょうね…?」
助手席の由良が外の景色を眺めながら呟いた。
なんとなくだが予想はつく。
おそらく、また弟が何かを拾ったのだろう。



「じいちゃ…真呼、由良さんも。待ってたよ」
実家に着いて出迎えてくれた現在の店主は、前世は男だった真呼の孫。名前は衛(まもる)。
そして今世の真呼の父親だ。
じいちゃん子だった為か、今世では娘のはずの真呼と接していてもどうしても祖父の姿を思い出すようでよく言い間違える。
もちろん、真呼には衛が孫だった時の記憶もあるので、じいちゃんと呼んでくれてもかまわないのだが。
「頼みとはなんだ?」
「ちょっとこっちに…」
連れられて向かうのは店と住居の間にある中庭。

そこには柴犬より身体が少し大きく、耳が垂れている黒柴に似ているが雑種に分類される飼い犬おはぎの小屋がある。ちなみにおはぎは雌だ。

「おはぎ」
小屋を覗いて衛が声をかけると、老犬のおはぎはのそりと出てくる。
一度身体をグッと伸ばしてからプルプルと身体を震わせ巻いた尻尾を振る。
「元気か?おはぎ」
おはぎの前にしゃがむとおはぎの方から近づいてきたので顎の下を撫でる。
その時犬小屋から高く小さな鳴き声が聞こえる。
小屋からよたよたという具合に出てきたのは小さな仔猫。それも2匹。
白い毛と黒い毛の仔猫はおはぎの尻尾を目指して歩きながら白の方はみーみー。黒の方はなーなー。と鳴き続けている。
「昨日の夕方の散歩で充(みつる)とおはぎが見つけたんだ」
真呼の弟、充は現在大学生。
昔からよくおはぎと散歩に行くと捨て犬や猫を見つける。
その度に何とかかできないかと連れてくる。
昔、捨てられたおはぎ達を見つけたのも充だった。
幸い拾ってくる犬猫達は近所の知り合いや店の客達に声をかけて全て引き取り手を見つけている。

仔猫達がおはぎの揺れる尻尾に飛びつく。
おはぎは尻尾を揺らしたり止めたりしながら仔猫達をあやしている。
その光景を由良が目を輝かせてじっと見つめている。
「頼みたい事ってのはこれなんだ。保護したのはいいんだけど…ほら、母さんも充も猫アレルギーだろ。それに前に由良さんは猫好きだってじいちゃんが話してたのを思い出して」
「ああ、去年決めたマンションはペットが飼える」
仕事も4月から2年目だ。
こちらとしては頃合いな上、願ってもない機会だ。
由良がしゃがむとおはぎの尻尾にじゃれついていた仔猫達が近づいてくる。
手を差し出すと匂いを嗅いだ後身体を擦り付けてきた。
「大丈夫そうだね」
「ああ、2匹とも引き取ろう」
「よろしいですの!?」
由良が嬉しそうな顔を向けてきた。

「ああ。だが、子の世話の仕方を真呼は知らない。しっかり教えてくれ」
「はい!ありがとうございます!おはぎさんもありがとうございます。しっかり育てますわ」
声をかけられたおはぎを見ると安心しているように見えた。
「ありがとうおはぎ、こいつらを見つけてくれて」
おはぎの顎の下を撫でると尻尾を振った。
「充にも礼を言っておいてくれ」
「そろそろ帰ってくると思うよ。もうすぐおはぎの散歩の時間だから」
携帯で確認すると18:10
おはぎの散歩の時間が変わってなければ18:30からだ。
打ち上げに行くにもまだ時間はある。
「では、少し待つとしよう。いいか?由良」
「はい!わたくしも充さんにお礼が言いたいので。では今のうちにこの子達お名前決めましょう!どうします?」
仔猫を抱き上げ立ち上がる。
仔猫は由良の胸に捕まるように爪を立てている。
姿形は違うが、まるで母子のような姿だ

「真呼が決めて良いのか?」
「はい!わたくしの家系は父親が子供に名前をつけるようになってますので…。この子達の名前は真呼ちゃんにつけていただきたいんですの」

うふふ。と由良が頬を赤らめながら笑う。
「そうだな」
由良…母親に抱かれた2匹の子猫をみる。

白い毛の仔猫は「みーみー」と
黒い毛の仔猫は「なーなー」と鳴いている。

「ではみーみー鳴く方がみー太。なーなー鳴く方がなー助だ」

白い毛の仔猫は「みー!」と
黒い毛の仔猫は「なー!」と
元気に返事をした。
「元気があって良いぞ。父は2人を気に入った」

うむ。このような子供ができるのも悪くない。
由良と共に居られる今世は随分生きやすいものだ。
だが『アイツ』が言う事から推測するに、真呼と由良は今世でも結ばれる事は無いらしい。
由良は今世で……真呼は、来世で結ばれる。

いつまで今の真呼で居られるかは分からないが真呼の今世と来世の間に、由良に悲しむ暇が訪れぬよう沢山のものを残したい。

だから

「よろしく。みー太。なー助」

2人は再び元気よく鳴いた。