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試論・心理療法論論

私論・心理療法論論

公認心理師の誕生に伴い、さまざまな心理支援や社会支援が今後行われていくと思います。しかし、臨床心理学に基づく支援だけでなく、福祉の理論に基づく支援も重要だと考えます。クライエントに役立つ支援は連携を前提に何でも取り組むことが公認心理師の役割ですが、その際に「心理支援とは何か」という根本的な問いが浮かび上がることがあります。

もちろん、心理支援についての多くの書物はありますが、「心理療法とは何か」を扱う本は案外少ないのです。そこで、心理療法論ではなく、心理療法論論を試みたいと思います。

心理療法で「ある」とは何か

あるアプローチが心理療法で「ある」か「ない」かについて議論になることがしばしばありますが、常に違和感を感じていました。そもそも「臨床心理学」とは何で、どうして私たちはそれが「心理療法的である」とわかるのか、ずっと疑問でした。

私が大学院生だった20年ほど前、心理療法は400以上あると言われていました。現在はもっと多いかもしれませんが、それぞれに背景となる理論があり、その理論にはそれぞれの人間観があるということです。これだけ多面的な人間がいるため、心理療法を一括りにして説明するのは非常に難しいのです。一般には、心理療法は「臨床心理学」を背景にした支援技法の総体として理解すればよいのではないかと思いますが、この「臨床心理学」もまた一言で説明できません。アメリカ心理学会が1934年に「個人の適応に示唆と勧告を与える応用心理学の一部門」と定義していますが、この定義では内容がよくわかりません。

臨床心理学は「心理学」と冠する以上、心理学の一分野と言えますが、心理学自体も多様な分野の寄せ集めであり、一言で説明するのは難しいです。その中で、400以上もの理論があるということは、一言で心理療法を説明するのが非常に難しいことを示しています。

しかし、ひとつ不思議なことがあります。私たちは心理療法が何かと問われて、明確に答えることが難しいにも関わらず、あるものが「心理療法である」、「臨床心理学的である」、「ケースワーク的である」と区別することはできる。あるいは、これは「臨床心理学的ではない」、「心理療法的ではない」と感じることもできます。臨床心理学を明確に説明できないけれど、これがそうである/そうでないことがわかるというのは不思議なことです。

家族を見分けるかのように

フーコーは、ある学問の振る舞いやものの見方、方法論、価値観にまつわる暗黙のルールを「学範(discipline)」と呼びましたが、なぜそれを区別できるのかについては明確に説明していません。

精神科医の中井久夫は、ヴィトゲンシュタインの「家族的類似性」という概念を使ってこれを説明しようとしました。この概念は暗黙のルールを説明するものです。例えば、親と子が似ていること、おじさんと子供が似ていることがわかるという感覚のことを指します。親と子が似ていることはなんとなくわかりますが、明確に定義するのは難しいものです。それでも、かなり高い精度で家族かどうかを区別できることがあります。これを「家族的類似性」と呼びます。これもまた、明文化できない暗黙のルールによって何かを区別していることを示しています。

ポランニーの議論

個人的にしっくりくるのは、ポランニーの「暗黙知」という概念です。彼は、我々が何かを区別するとき、何かの基準を持って判断するのではなく、そうでないものを参照することでそれがわかるのだと言っています。

ポランニーの言葉を借りれば、「私たちが第一条件(近位;対象とするもの)について知っているということは、ただ第二条件(遠位;対象でないもの)に注意を払った結果として、第一条件について感知した内容を信じているということに過ぎない」ということになります。つまり、「そうでないものを見ることで初めて、そうであるものがわかる」ということです。

ポランニーの説明は、臨床心理学や心理学が何であるかを理解するときに非常に有用な理論だと思います。この理論を見て、なぜ私が臨床心理学とは何かを説明できないのに、これが臨床心理学だとわかるのか、あるいは心理療法的である/ないことがわかるのか、その手がかりを得たように感じました。

心理療法とはレリーフのごときもの

つまり、臨床心理学や心理療法が「そうである」ということは、「そうではないもの」からしかわからないものです。「これがそうだ」と説明できないものだということです。心理療法は何かの影からしか見えないものであり、レリーフのように掘った結果、浮かび上がってくるものです。心理療法とは「そういうもの」なのだと思います。

今後もう少し精緻に考えていければと思いますが、今回は備忘録としてここに記します。そのうち加筆していきたいと思います。

参考文献

  • ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカジャパン

  • 中井久夫. (1982). 精神科治療の覚書. 日本評論社.

  • マイケル・ポランニー, & 佐藤敬三. (2003). 暗黙知の次元. ちくま学芸文庫.

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