自ら道化になれる人、なれない人

自分から進んでイジられたり、道化のふりをして周囲を和ませることが出来る人は、人間関係の構築が上手な人であることは間違いないでしょう。

もちろん、下手な自虐はかえって周りの雰囲気を悪くしてしまいます。ただひたすら自分のことを愚痴ったり、他人がイジりようがない自虐ネタはむしろ会話を凍りつかせ、コミュニケーションが終了します。周りの人の表情がすっごくぎこちない微笑みになっているような状況です。

自分イジりにしても、自虐にならないように何をどこまでイジるのか、さじ加減は難しいですが、それをサッと出来る人はコミュ強でしょう。しかも一対一だけではなく、一対多のコミュニケーションに長けています。

ちょっとした自分イジりによって話を面白くし、他の誰も傷つけないのは、極端に言えば自分が道化と理解しているからこそ出来るわざです。そしてそういう人は馬鹿にされたりすることなく、多くの人から信頼されます。

逆に、自分を道化として認められない、あるいは妙にプライドが高く、他人を見下すような人は当然ながら自分イジりなんて出来ません。

そういう人は、自分ではなく他人、特に目下や立場の弱い人間をネタにしてイジりますが、もはや今の時代では即、パワハラ認定されてもおかしくありません。帝国主義列強のイギリスなどが植民地支配における分割統治したようなもので、イジられる人間とイジる人間に分けて人間関係をコントロールしようとするのです。

こういう人は陰で嫌われ、笑われています。しかしそれに気が付くことがないので、さらに他人イジりに邁進してしまい、ますます嫌われていくという悪循環にハマります。

結局のところ、

・自分は道化だと理解する人は陰で道化扱いされない
・自分は道化ではないと嫌がる人は陰で道化扱いされる

というのが真理ということでしょう。

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