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盆まで帰らない(792文字)

 憧れの一人暮らし、輝いた大学生活。それは現在、六月下旬の時点で既に思い描いていた理想として過去形になりつつあるものだ。
 三月の末、地元を離れた。その時は自分に自信をもっていたし、やる気に満ち溢れていた。掃除、洗濯、料理。今まで母親任せにしていたそれらをすべて完璧にこなし、お盆に帰郷した時には胸を張れる予定だった。
 部屋を見渡す。最後に掃除をしたのはいつだったか。部屋の隅にはすっかり埃が溜まっている。朝方まで友人と遊んでろくに帰らず、起きることができないという甘えた理由で大学の授業をいくつも自主休講した。朝食を抜き、レトルト食品やインスタント食品に頼った日々を繰り返し、溜まっていく洗濯物の山に昨日のトランクスを放って重ねて、バイトを探す気にもなれないまま今日も堕落して生きている。
 こんな生活をしていては駄目だと頭では理解している。けれど。
「めんどくせえ……」
 部屋の床に大の字になって寝転がる。きっと今日も自主休講だ。本当にどうしようもない。自分に呆れ、思わず苦笑した瞬間、手元の携帯電話が震えた。
 新着メール一件。宛先人は、母。
『つかれたときは、いつでも帰っておいで。』 件名はない。本文はただその一行だけだった。どんどんスマートフォンが流通していくこの世の中で、使いこなせそうにないからとガラケーをいまだに悪戦苦闘しながら使っている機械音痴な母。サークルの食事会の席で。友達と池袋に出かけた帰り道で。何度鳴り響いても、それに気付いていながらずっと鬱陶しい、後で掛け直せばいいと無視し続けた母親からの電話。
 あの子はちゃんとやれているだろうか、元気だろうか。母親の心配を知っていながら、こんな生活に溺れているだなんて、そんなのはあまりにも。
 深く息を吐き出し頬を両手で張った。そして、メールを一行だけ送信して、掃除をするために窓を開けた。快晴だった。
 次の季節は目の前だ。

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