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悪夢と甘食

今朝は悪夢を見た。悪夢を見るのはいつも通りだ。眠りが浅いのかもしれないし、枕の高さがあっていないのかもしれない。

とにかく、悪夢を見た後はなんとも言えずどろりとした目覚めになってしまう。精神的に落ち込んでいる時期にスッキリと目覚めることはほとんどないと思うけれど、はっきりとした悪夢を見ると本当に目覚めが良くない。目が覚めても、まだ夢の中に取り残されているような気がする。

いつもの癖で、起きてすぐ、ついパソコンを触ってしまう。Twitterのタイムラインを寝ぼけ眼で追っていると、昨日YouTubeに動画を投稿したことを思い出した。そうだ、短い手描きのアニメーションをまとめた動画を作ったのだけれど、Twitterには投稿できなくて、仕方なくYouTubeに投稿したのだった。

再生数をふと見てみると…200!?

え、200?

いつもはTwitterに載せた作品が、せいぜい10いいねとか、それくらいなのに。

200という未知の数字を前にして、私は混乱した。と同時に、もっと動画の編集ちゃんとしとけばよかったな…と反省した。

それからだんだん怖くなってきた。朝ごはんを食べている間も、どこか落ち着かなくて、家の手伝いが終わった途端、ベッドに直行して、うずくまって寝た。私にとって、未知の数字に対する術はそれしかなかった。怖かったらとりあえず全部忘れて寝るしかない。

昼過ぎにようやく起きた。冷静に考えて、YouTubeで上げた動画が200回再生されても、そんなにすごいことではないし、何か影響するわけでもない。

私は、何に対しても怖がりすぎる癖がある。新しいことを始める時もそうだし、新しい集団に飛び込む時もそうだし、周りの評価を気にしすぎている。動画が200回再生されたことだって、素直に喜べばいいのだ。

何を今更、と周りが思うようなことだって、気にしなければいいのだ。自分が休学している間も同期の友人たちは就職活動をしているわけだけど、それだって自分にとっては関係のないことなのだし、別に、「みんな頑張っているのに、自分は…」などと思う必要はないのだ。

それでも、ああ、これからどうやって生きていけばいいのかなあ、と、こうやって文字を打ち込んでいる間も考える。今日の空はどんより曇っていて、こんな私のどうしようもない心を映しているみたいだ。

あ、心療内科でもらった薬、飲むの忘れてた……

台所に行くと、甘食のレシピが広げてある。母がこれから作るつもりなのだろう。知らない人向けに説明すると、甘食とは、パンとお菓子の中間のような、低い円錐形をしたスイーツだ。ちなみに読み方は「あましょく」。これを食べると、絶対に元気が出る。今日は甘食が食べられるのか。やったぞ。ようやく今朝の悪夢も忘れられる気がしてきた。

甘食が食べられると思ったら、なんかもう全てがどうでも良くなってきた。私は甘食のことなら延々と語ることができる。小さい頃から母の作る甘食は大好物だ。高校の文化祭で母が甘食を差し入れしてくれた時はみんなにも大好評だったし、昨年の3月に母が作った甘食を弟が全部食べてしまった悲しみは語り尽くすことができない。とにかく、我が家にとって甘食は超重要アイテムなのだ。

ふと思いついた。人生、悪夢と甘食でできているのではないか。悪夢のような出来事に苦しめられても、ふとした瞬間に甘食のような出来事が舞い降りてくる…まるでことわざみたいだな。まあそんなことはどうでもいいや。早く甘食焼き上がらないかな〜


【追記】出来上がりました〜

おいしかったです。

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