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思い出にはいつもパスタ


『美味しいもの食べてる時はね、口を閉じていないと美味しさが逃げちゃう気がするんだよね。』

親友のIはいつもそう言って、口の両端をキュッ!と閉めてはにんまり顔でご飯を食べていた。

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大学の入学式の次の日、オリエンの会場でグラニフのTシャツにポーターの鞄を下げた小柄なIを初めて見た時、直感的に『この子とは仲良くなれそう』と思った。オリエンの後は身体測定だったので勇気を出して『あの、体重一緒に計りに行きませんか?』と話しかけて、その日から卒業まで、大学の思い出にはいつもIがいた。

お互い旅行が大好きで、2年の春休みには青春18きっぷで横浜から鈍行で京都まで行った。最終日に京都駅でお互いの残金が合わせて1500円になって、100円ちょっとの半ドーム型のでっかいパンと紙パックの麦茶で空腹を誤魔化して、なんとか帰ってきたこともある。

縄文杉を見に屋久島に行った時には往復13時間のトレッキングの筋肉痛で、大浴場の湯船から出られなくなった私をIがすっ裸のまま引きずり出してくれたり、実習を兼ねて行ったフィジーでは、夜、岩礁に登って南十字星を見ていたら、うっかり星空眺め過ぎて、気がつくと周りが海になっていたこともあった。

旅行も本も映画の好みも一緒だったけど、私たちのいちばんの共通点は“美味しいものを食べるのが好き”だと思う。特にパスタ。

大学の近くに学生には少しお高めのオシャレパスタ屋があって、テストや、重ためのレポートが終わった時には決まってそこに行った。お互いお決まりのメニューがあって、Iはいつもワタリガニのパスタ。私はサーモンのクリームソースを食べて、そしていつも口をきゅっと閉じて、目を合わせながらにんまり顔でパスタを頬張った。

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大学3年の春、彼氏が果物屋の女と浮気をした。浮気は本気になり、私はあっさり振られた。

大学のベンチで何時間も泣き続ける私の横で、IはiPodでZARDの『負けないで』を聴きながら、無言で横にいれくれた。夕方になって、流石に涙も出なくなると、Iは『パスタ食べ行こ。』といって、一緒にいつものパスタ屋にいってくれた。

元彼氏の話はほとんどせず、出された水をがぶ飲みして、パスタ美味しいね。と他愛もない会話をしながら少しだけゆっくり食べた。いつものメニューといつもの会話、気がついたらいつものように笑いながらパスタを食べていた。帰りのコンビニでカルピスを買って、Iの家で腫れた目を冷やしながらまた笑った。

卒業して、大阪の会社に入社してすることになった時には、品川駅まで見送りにきてくれて、手作りの思い出アルバムをくれた。私がひたすら美味しいものを食べるページがあり、新幹線の中でアルバムを見ながら1人でしゃくり上げるくらい泣いて、隣にいた知らないおじさんに本気で心配された。Iは『関西でも頑張ってね!』と言って別れを惜しんでくれたけど、わたしの配属は奇跡的に東京で、3週間後にはまた普通に会っていた。


5年前、旦那の転勤を機に関西に住むようになってから、Iとは年に1、2回会えるかどうかになってしまったけど、久しぶりに会った時には、やっぱり決まってパスタを食べる。働き出して10年以上経って、学生の頃とは違う、働き方や子育て、色々なことに悩んだりするけど、Iとパスタを食べると、昨日も一緒にいたかのような感覚に“明日も頑張ろう。ほどほどに。”と思える。

1人で食事をする時にも、大好きなパスタを食べる時には自然と口をきゅっと閉じて、そして少しだけにんまりする。

#元気をもらったあの食事

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