記憶は朧げに幻に。

ふと、思い出す時がある。

実家から東京に帰る際に、母が握ってくれるラップのおにぎりとか。
ペットボトルに入れてくれたお茶とか。
なんでもない、祖母の家の様子とか。
祖父の眠っている顔だとか。

なんてことないこと。
なんてことない日常であると。

幼い私が、部屋の真ん中に突っ立って、ぼんやりとそばに立つような気分だ。

きっと私はそれを、もっと早くに求めていたのだろう。

恋しかったのだと思う。
愛が欲しかったんだろうな、と思う。

愛がなかったわけではないけれど。
子供が察するには難しい形だった。

ただ名前を呼んで。
ただ話を聞くだけ。
ただ側にいるだけ。

さほど難しくないそれらの行為は、大人になると難しくなる。
ひどく臆病になる。
難しくて、苦しくなる。
もっと欲しいと言う前に、それをちょうだいと言えない。

手を伸ばせなくて、苦しくて。
困ったなぁ、と口先だけで言って。

そうして、ふと思い出すのだ。

それが愛なんだろうな、と言うワンシーンを。
温いと思う。
暖かいと思う。

肌を撫でるその温度を、受け付けられない私がいる。

欲しかったものが手に入らなかった。
手に入らない。
もう見えない。

過ぎてしまった過去に、戻ろうとは思わない。
やり直したいとは思わない。
消えて仕舞えばいいのにと思う。

消えてしまえば、こんな懐かしさもないのに。

中途半端な優しさも、悲しみも。

いつか亡くなって泣いてしまう日を恐れることもないのに。

幸せなご飯代の一部になります。