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【海外HR事情】避妊ピルと技術の進化と:ゴールディン教授が解き明かす女性のキャリア選択の転換点

昨年のノーベル経済学賞は、ハーバード大学教授のクラウディア・ゴールディンが受賞した。米国女性の労働参加の歴史についての研究が評価されたものである。

みなさんは、女性の社会進出は過去200年間、一貫して増加してきたと考えていないだろうか。しかしゴールディンが明らかにしたのは、実際には女性の労働参加率のグラフはU字型に移行してきたということだった。

女性の社会進出が急勾配で増加したのは1960年代後半から70年代にかけてのことである。1967年から1979年までの間で、自分は35歳になっても働いているだろうと考える20歳の女性の比率が、35%から80%に急上昇したのである。そしてその原因は、ゴールディンの実証研究によると、1960年に避妊ピルが米国で承認されたことであった。ピルを手にした女性は、子どもを生むのか産まないのか、産むとしたらいつ産むのか、そのことがキャリアにどう影響するのかを考え、ライフプランを自分でコントロールできるようになったのである。

この頃から、単に労働に参加するというだけでなく、女性のキャリア意識にも変化が現れた。結婚・出産を遅らせ、家庭よりもキャリアを重要視するようになってきた。ゴールディンはこの背景に、技術の進化もあると看破した。仕事が肉体的能力から、知識や教育が決め手になるようになってきたのだ。下図にあるように、かつて大卒女性の仕事の中心は教師、看護婦、福祉などであったのに対し、現在では医師、弁護士、大学教授の比率が増えている。こうした女性のキャリア意識の変容のことを、ゴールディンは「静かな革命(Quiet Revolution)」と呼んだ。「静かな」という言葉の意味は、それがあくまで女性の頭の中で起きた変容だったからである。

それではなぜ、ピルの普及と静かな革命にも関わらず、現在に至るまで男女の賃金格差が残っているのであろうか。ゴールディンはこれを、企業に身も心も奉じ、いつ何時でも、長い時間、柔軟に働ける人に、高い賃金が支払われているからだと見た。ゴールディンはこのような要求度の過大な仕事を「グリーディ・ワーク」と呼び、いまだ家庭に縛られる女性に不利に働くとして問題視している。リモートワークが広がるにつれて、この現象はある意味で解体しつつある。それでも、なかには女性ばかりが在宅勤務をしている企業も存在するなど、新たな課題も発生している。

ゴールディンの功績は、単に米国女性の労働参加の歴史を明らかにしたことだけではない。避妊ピルや女性のキャリア意識など、従来の経済分析では分析対象にならないような森羅万象からコラージュのように集めたさまざまな証拠を組み立て、歴史を遡り、社会全体にまで洞察を広げるーーーそんな革新的な研究スタイルが支持を集めているのだ。

(出所)


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