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【海外HR事情】「明るく前向き」でなくてもいい:ポジティブ・ハラスメントの罠

今回は、組織心理学者Adam Grant氏のPodcastより、『Toxic Positivity』という考え方について、ゲストの心理学者Susan David氏が話したエピソードを紹介する。

私が10代の頃、当時42歳だった父が大腸がんで亡くなりました。父は金曜日に亡くなったのですが、私は月曜日には普通に学校に行きました。母は悲しみに沈んでいましたが、それでもできるだけ、いつもと同じように過ごそうとしていたからです。その後の数か月間は、私が学校に行くと、クラス全体が私の前で父親の話をすることを避けているように感じられました。私を悲しませまいとしていたのだと思います。私の方も、感情を出すことを控えるようになり、みんなから「元気?」と聞かれたら「大丈夫だよ」と答えるようになっていました。私は強い子だと褒められました。成績もまったく下がりませんでした。自分が前向きであることこそが、自分が困難な事態にもうまく対処できている証拠とみられているんだ。私はそんなふうに思い始めていました。

しかし私はまだ15歳で、本当は父の死が悲しくてたまらなかったのです。私は重すぎる悲しみに耐えられず、過食症になりました。母は3人の子育てに追われていたし、借金取りがしょっちゅう来ていました。それでも私は毎日学校に行き、笑顔を浮かべていました。ある日、ある先生がクラスのみんなにまっさらのノートを配り、「ここに本当の気持ちを書きなさい。読む人のことなど考えなくていい」と言いました。誰もが「とにかくポジティブでいなさい。みんながポジティブで、前向きでいなければなりません」と言っている時、その先生だけは「ちゃんとわかっていますよ。あなたの本心は違うんでしょう」と手招きしてくれたかのように思えました。それはとても特別な招待状のようでした。

その先生は、私のことを理解した上で、あえてこういうやり方をとったのだと思います。やがて私は、つらい感情に浸ることでもたらされる深い癒しと回復力を体験するようになりました。だから私は、いまでもこうしたお話を熱心にするようにしているのです。


『Toxic Positivity』(ポジティブ・ハラスメント)は、随所に見られる現象です。ハラスメントはちょっと陳腐な言葉になっていて、私としては「ポジティブの独裁」と呼びたいところなのですが、要するにそれって、目の前の現実を回避するための戦略にすぎないのです。しかし、ポジティブでいることが、必ずしも癒やしにつながるわけではありません。ポジティブを押しつければ、言いにくい話がしやすくなったり、分かりあえることにつながるわけでもありません。それどころか、つらい感情を避け、本当に言いにくい話をしないことで、私たちは知恵や学びが欠如した世界で足踏みすることもあります。私たちが他人にポジティブにいこうと言うとき、言外に伝えている本音は、「私の安心安全はあなたの現実よりも重要だ」ということなのです。


(出所)
Adam Grant, Overcoming toxic positivity with Susan David, TED ReThinking, Jan 23, 2024 (Spotify)



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