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サヨウナラ、正規分布。コンニチハ、ポアソン分布~現実的な加点評価のすすめ~

私がポアソン分布という言葉を知ったのは社会人になってからで、それも「コンサルタントでござい」とドヤってた20代そこそこの若造の時でした。

ちなみにもしその頃にTwitter文学とかあったら、確実に心をえぐられていたでしょう。
今でこそメジャーなアクセンチュアにいても、当時は無名なよくわからん外資系扱いでした。メガバンク系に就職した大学の同期に「怪しいコンサル会社に行ったんだって?もう連絡してくるなよな」とか言われたりしました。
承認欲求も満たされない中で、地方から上京してきたコンプレックスは高まる一方。
同僚以外に知人もいない中、中野区のワンルームで焼き鳥とビールをかじり、KANのTOKYO MANとかをBGMに、効きの悪いクーラーを風情だとうそぶいていた頃です。

文系出身で、数学的素養もない状況の中で投入されたのは、当時五反田に本社があった大手電機メーカーでした。今は品川本社らしいですね。
そこで、まだ日本企業でほとんど導入されていなかった、職務等級型の人事制度の適用プロジェクトを進めていました。
最終的に役割等級型として導入したその仕組みでしたが、その検討プロジェクトの中で、日本最難関大学の理系出身の担当部長が口にされたのが「ポアソン分布」でした。

なんじゃそりゃ。

そう思いつつも、コンサルタントとして、自分の無知を顔には出せません。
ああ、ポアソン分布ですか。
そうですね。これまでの人事制度を変革するのにもいいですよね。
そんな風にとりつくろった言葉に、担当部長は満面の笑みで、まさに、と喜んでくれました。

まだインターネットにつなぐのにTCP/IPを接続して、カメレオンとかでつないでいた時代。もちろんネット上にWikipediaなんてありません。
五反田のクライアントのオフィスを出たその足で大規模書店に駆け込み、ポアソン分布を説明してくれそうな本を、入門っぽいのから難しそうなものまで10冊ほど買い込み、深夜のうら寂しいワンルームで読み漁りながらなんとか明日までに話についていけるようにと必死で叩き込みました。

ちなみにこの記事では、皆さんがポアソン分布とは何か、ということを理解している前提で話を進めていきます。
が、ちょっとそれは不親切かもしれないので、Wikipediaを参考に、簡単に概要を記しておきます。詳細を知りたい方はWikipediaを検索してください。

ポアソン分布についての平康の理解
・平均が左側に極端に寄っているグラフ
・ラムダという変数がおおよその平均発生回数
・ラムダが10を超えるとほぼ正規分布になる

結論としては、このプロジェクトの中でポアソン分布による評価の相対化は実現しませんでした。
バブル崩壊後それほどたっていない時期ということもあって、メリハリとしての差をつける仕組みが好まれていたという時代背景もあったでしょう。
今なら「ポアソン分布の方が自然ですよ」と話せる私も、当時はとってつけたような知識だけで語ることもできず、ただ単に「正規分布の何が悪いの」という言葉に反論もできずにいたりしました。

さて、ここから評価制度の運用における、正規分布とポアソン分布の違いについてお話していきます。
人事評価制度を運用されている会社では、評価結果を相対調整している場合があります。
典型的にはこんな感じです。
S評価:5%
A評価:15%
B評価:60%
C評価:15%
D評価:5%

このような分布をもとに各所属の評価者に、適切に分布させてください、と依頼をする人事部も数多くあります。
一方で評価者の評価は甘くなりがちで、実態として出てきたこんな分布の調整を行うこともあります。
S評価:10%⇒5%に削減
A評価:40%⇒15%に削減
B評価:50%⇒上位の評価結果のものを適用して60%に増加
C評価:0%⇒15%にまで何とか増やす
D評価:0%⇒5%にまで何とか増やす

このような調整は、ほぼうまくいきません。
けれども、私も含めて多くの人事企画に携わっていた人が、正規分布こそがあるべき姿、と妄信してしまっていました。
上記の現実としての評価は、評価者の評価エラーに違いない。だから評価者教育をしっかりすすめなければいけないし、人事部側が評価の偏差値算出による調整を行わなければいけない、といったことなども話していました。

けれども、今ではそうではないよね、と実感するようになっています。
ポイントは3つ。
1つ目は、達成したり十分である評価はどこに位置するのか。
2つ目は、それよりも低い評価段階はいくつ必要なのか。
3つ目は、十分な評価よりも高い評価は何段階必要なのか。

そうして考えてみると、実際の従業員のパフォーマンスは正規分布などではなく、ラムダ1~2のポアソン分布に近い、ということが見えてきました。
たとえばこんな感じ。

ラムダ2のポアソン分布

x軸の数値をこのように置き換えてみましょう。
0:低い評価=C
1:ほぼ標準評価=B
2:標準プラスアルファ=A
3:期待以上の評価:S
4:期待以上+の評価:SR(スーパーレア)
5:期待以上++の評価:SSR
6:期待以上+++の評価:SSSR
7:スーパーな評価:UR(ウルトラレア)

このような分布で、Cに13%の人がいて、BとAにおよそ50%の人がいます。これで合計63%くらい。
あとの37%は、高い評価を得て、さらなる活躍を期待されていきます。

このほうがモチベーションがあがりますよね、ということではないです。
むしろ、このような分布の方が、実態にあっていますよね?ということです。

もちろん従業員数やビジネスタイプによって、ラムダの値は異なってきます。中にはラムダが10以上となって、結果として正規分布に近いほうがしっくりくる場合もあるでしょう。

けれども、正規分布ありきではなく、ポアソン分布を前提として、その一形態として正規分布がある、というほうが、人の生産性に合致した仕組みではないでしょうか。

さらにいえば、ポアソン分布は多くの人たちを標準評価に据えながら、より高い成果を出した人に対する加点評価の仕組みとして機能する点が重要です。

信賞必罰の必罰の部分をクローズアップするのではなく、信賞部分をクローズアップする仕組みは、組織の心理的安全性も高めてゆくことができます。

ポアソン分布の詳細な適用には割と細かい調整が必要ですが、相対評価を好まれる会社では、ぜひ正規分布から脱却して、ポアソン分布の導入を考えてみてください。


平康慶浩(ひらやすよしひろ)