他人事

『私はいま、事件の現場に来ています』
 テレビの中でアナウンサーがそんなことを言っていた。
 とある日、都心のど真ん中に大きな大きな木が突然生えてきた、なんの前触れも予告もなくいきなりだ。
 高さは日本一のタワーより高いそんな大木が、一夜にしてそびえ立っていたのだから驚きだ。
 しかし、ド田舎在住の僕には他人事でしかなかった、テレビの中の学者達は、日照権がどうだの、気温がどうだの、僕にはよく分からない話をしていた。
 ネットでは神が悪戯で生やしたんだとか、国が兵器の実験をしているだとか、妄想の域を出ない夢物語を語っていた。
「そういえばブロッコリー貰ったんだったな」
 大木のシルエットを見ていて思い出した野菜のことに思いを馳せるくらいには僕にとってはどうでもいい話だというのはわかっていただけるだろうと思う。
 どうせ、三日もすれば見慣れるだろう、どうせ、そのうち解決するだろう、どうせ、僕が何もしなくても、何かしたとしても変わらないだろう。
 僕が居なくても世界は変わらないし、世界が終わるわけではない、僕はただの視聴者でモブで傍観者だ。
 テレビの中では偉い人達が大木をどうするべきか話し合っている、切るべきか残すべきか、切った場合の物の行先はどうだとか、残した場合は土地の所有者のことをどうするのだとか、一生懸命話し合っていた。
 茹でたブロッコリーを頬張る、実はあまり好きでは無いのだが、腐らせてしまうのももったいない。
「いっそ、食べてしまえばいいんじゃないかな」
 誰からも返事は帰ってこないけれど、それは僕一人の空間だからである。決して孤独な訳ではない。
「なんだあれ?」
 中継されている大木の上の方に人影が見える、変な姿の五人組と変な姿の着ぐるみ?みたいな人達が何かをしていた、もっと見ようとしたが画面が切れ変わってしまって確認出来なかった。
「なんだったんだろう」
 まあ気のせいだろうと、眠ることにする、明日は交通網が完全にストップしてしまうらしく、臨時休業だ、ゆっくり眠ろう。

 おはよう、朝日、もう少し眠っていてもいいのだが、体内時計がこの時間に起きろと警鐘を鳴らしていた。
「あれ?」
 寝ぼけまなこでテレビをつける、大木のニュースが映っているであろう場所には、昨日とは違うニュースが流れていた、見出しは
『消えた大木、全てが元通り』
 である、昨日大木があった場所には、大木なんて存在しておらず、本来あった街並みが映し出されていた。
「夢か……もう一度寝るかな」
 頬をつねる、痛い、どうやら夢ではないようだ。
 偉い人達がまた話し合いをしている、彼等は今日も眠れないのだろうか、それはどうにも
「気の毒だなぁ」
 彼等にとっては非日常だが、他人事である僕にとっては少し変わった日常、そしてアナウンサーのおねーさんが昨日と同じ言葉を言っている。

『私はいま、事件の現場に来ています』

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