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ボストンに集結したデザイン研究の最新形

アメリカのボストンで開催されたDRS(Design Research Society)のカンファレンスであるDRS2024に参加しました。DRSのカンファレンスは2年に1度開催されていて、前回は2022年にスペインのビルバオで開催されました。DRSへの参加は今回が初めてとなります。

今回はこの後シカゴに移動するため、大学の授業との関係でDRSへの参加は後半の2日間のみとなりました。それでも、デザイン研究の最新のトピックに触れることができ大きな収穫がありました。

いくつかのセッションをハシゴしながら気になる発表を聞きました。代表的なものをいくつか紹介します。

メイン会場となったNortheastern University

AIに関するキーノートセッションからスタート

研究発表トラックの紹介をする前にキーノートを紹介します。こうしたカンファレンスでは、会の最初や最後、あるいは各日の冒頭などにキーノートというインスピレーションにつながるレクチャーが行われます。木曜日のキーノートは、「Alternative Reimaginings of AI」というAIがテーマのレクチャーでした。
日本では少し足りないのではないかと感じることもありますが、世界ではAIの文化・社会に対する質的な影響について積極的に議論が繰り広げられています。DRSでも、このキーノートに限らずAIに関するトラックが数多く開催されていました。

木曜日のキーノート

Food Systemsに関するトラック

さて、研究発表トラックの紹介に移ります。まず最初に参加したのは「Innovative Food Systems: Networks and Partnerships」というFood Systemsのトラックです。
Food Systemsに関しては、3月にイリノイ工科大学Institute of DesignFood System Action LabのMauraに武蔵美市ヶ谷キャンパスに来てもらってイベントを行ったこともありますし、ボストンの後にシカゴに移動してAction Labのことを詳しく聞く機会もあるので、とても興味深い内容でした。

こちらの発表は、イタリアのフードロスをフィールドにしたサーキューラーデザインの研究です。ミラノ工科大学の博士課程の学生の研究で、ミラノ工科大学名誉教授でもあるEzio Manziniが創設したDESIS Labの取り組みでもあるようです。他の参加者から聞きましたが、Ezio Manzini本人もカンファレンスの前半に登壇されていたようでした。

日立デザインのサーキューラーエコノミー研究

続いて「Re-imagining Design Approaches for Balance」のトラックに移りました。このトラックでは、武蔵美の研究室と共同研究も行っている日立製作所デザイン本部の皆さんの発表がありました。日本の江戸時代の生活から未来のサーキューラーエコノミーのヒントを探るというものです。

木曜日の会場はMIT

次に「Futuring in Transitions」のトラックに移りました。今回のカンファレンスのメイン会場はボストンのNortheastern Universityなのですが、カンファレンス4日目の木曜日はMITが会場でした。
このセッションは、MITの建物の中でも一際異彩を放つFrank Gehry設計のStata Centerで行われました。外から眺めたことはありましたが、実際に中に入るのは初めて。教室は意外と普通のアメリカの大学のレイアウトでした。まあ確かにそこまでGehry調だとさすがに使い勝手が悪くなってしまうのかも知れません。

MITのStata Center

Speculative DesignとRitual Design

このトラックでは、没入型のデザインフィクションを用いた未来洞察に関するこちらの発表がとても興味深かったです。この研究は、没入(Immersive)体験を用いて、未来の想像と体験の間の溝を埋めようとする試みです。
没入体験の一つにspeculative social ritualsというものがあるのが印象的でした。ritualsは人類学的用語で「儀礼」や「儀式」とも翻訳されます。古くは伝統社会にあった儀礼的なものを、現在社会において活用する研究が多方面で進んでいて、研究室でもまさに取り組もうとしていたところでした。

More-Than-Human関連トラック

次に行ったのは「More-Than-Human: Thinking with Care」のトラックです。More-Than-Humanとは、脱人間中心主義やマルチスピーシーズとも近い、人間以外の存在を前提とした考え方です。デザイン研究だけではなく、マルチスピーシーズ人類学などの人類学領域においても積極的に議論されています。
このトラックでは、More-Than-Humanに加えて、これもデザインや人類学、哲学などにおいて近年積極的に議論されているケア(Care)の概念を加えてテーマ化されたトラックでした。More-Than-Human関連は、これ以外にもいくつかのサブトピックに分かれて複数のトラックで議論されていたようでした。

Pluriversal Designも積極的に議論

この日最後に行ったのは、「Pluriversal Design as a Paradigm I」のトラックです。Pluriversalというのは多元的と翻訳されることが多い、西洋近代とは異なる複数の社会の存在を前提とした西洋近代のパラダイムを相対的に解体する考え方です。
最近日本語にも翻訳されたArturo Escobarの”Design for the Pluriverse”(水野大二郎・水内智英・森田敦郎・神崎隼人監(2024)『多元世界に向けたデザイン ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること』ビー・エヌ・エヌ)が代表的な言説としてよく知られています。今回のカンファレンスでも何度もEscobarに対する言及を耳にしました。

レセプションはMIT Museumで開催

以上がようやく木曜日のトラック。続いて最終日、金曜日のトラックについても紹介します。その前に、木曜日のプログラムの最後にMIT Museumでカクテルレセプションがありました。
デザイン研究の国際会議で面白いのは、こうしたいわゆるフリンジプログラムです。みんなかっこよくておしゃれ、話も面白いし、他のアカデミックカンファレンスにはない雰囲気です。
レセプションはMuseumの展示フロアで行われていましたが、こういうのはアメリカでは普通なのでしょうか。展示物が心配になってしまいました。

金曜日はインプロビゼーションのキーノートセッションから

さて、金曜日のトラックの前にキーノートの紹介をします。金曜日のキーノートは「Reimagination: Design, Performance and Improvisation」ということで、インプロビゼーション=即興に関するものでした。コリオグラフィーとアーバンデザインの専門家がそれぞれの立場でインプロビゼーションについて話をしていました。
コリオグラフィーのレクチャーではライブパフォーマンスもあり、印象的な内容でした。インプロビゼーションは、デザインでもよく言及されるブリコラージュともつながる考え方で、デザインはもっとインプロビゼーションから学ぶことがあるのではと思いました。

政策のためのデザインのトラック

金曜日はメイン会場のNortheastern Universityでセッションが行われています。キーノートは大きなホールでしたが、その後のトラックはCollege of Arts, Media and Designの建物で行われました。

最初に行ったトラックは「Designing Policies across Institutional Boundaries」です。政策のためのデザイン(design for policy)の領域はDRSでもDesign for Policy and GovernanceのSIG(Special Interest Group)があるなど、積極的に議論されている領域の一つです。

このトラックでは、ローカルの政策立案を国家レベルの政策にどのようにつなげるかということを社会学者であるSusan Starのinfrastructureの概念を援用しながら議論をするという研究が興味深かったです。
木曜日のMore-Than-Humanのトラックなどもそうですが、世界のデザイン研究ではデザインの周辺にある人類学や社会学、心理学といった学問領域で議論されている理論的なフレームワークを活用しながらデザインの議論を発展させています。

このトラックでは、政策のためのデザインを牽引する行政機関内デザイン組織であるPublic Sector Innovation Lab(PSI Lab)内で、デザインリサーチをどのように運用するかという研究も興味深かったです。

遊びのデザインのトラックも

この後立ち寄ったのは遊びのデザインのトラックである「Play Design II」です。秋に武蔵美で昨年に引き続き遊びをテーマにしたプロジェクト型の授業を行うので、その参考になるかと思い様子を覗いてみました。
このトラックで面白かったのはこちらの発表。Momentix Labsというおもちゃのスタートアップのファウンダーが、自社で開発したピタゴラスイッチ(英語圏ではRube Goldberg machinesとして知られています)風のおもちゃの開発プロセスについて論文化したものです。その開発プロセスはプロトタイプを重ねるデザインプロセスそのもので、遊びのデザインに対する大きな示唆があると感じました。

サービスデザインやCo-designも

この後、立て続けに見に行ったのが「Technology in Retail, Hospitality and Service Design」と「Co-design for Behavior Change II: Theories, Reflections, & Frameworks」のトラックでした。最初のトラックはオーソドックスなサービスデザインの研究発表でした。ここでもAIとサービスデザインの関係などが議論されていました。後半のものはCo-designに関するトラックです。Co-designやParticipatory design(参加型デザイン)は依然としてデザイン研究の重要なトピックの一つです。

合間にボストン美術館を訪問

夕方からクロージングキーノートが予定されていましたが、夜にオンラインで授業をしなければならなくて、翌日にはシカゴに移動する予定で、もうこの時間帯しかない!ということで、クロージングキーノートはスキップして会場近くのボストン美術館を駆け足で見て回りました。
ボストン美術館を訪れたのは恐らく初めてで、噂に聞いていた日本の仏像と印象派のコレクションはさすがでした。個人的には、特任教授を務めている大学院大学至善館の学長の野田さんがよく言及するゴーギャンの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか(D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)」を実際に目にすることができたことがよかったです。

DRS2024を振り返って

さて、今回念願のDRSへの参加を実現することができました。2日間の参加でしたが、世界のデザイン研究の大きなトレンドを掴むことができました。設計理論、HCI、サービスデザイン、ヘルスケアなどのオーソドックスなデザイン研究の領域として引き続き議論されていることが確認できたのに加えて、この記事でも紹介してきたような新しいデザイン領域も積極的に取り上げられていることが印象的でした。
具体的には、Design for policy、Transition design、Sustainability、Care、More than human、Pluriverseなどのトピックです。こうした領域は日本ではまだこれからというところもありますが、武蔵美クリエイティブイノベーション学科/大学院クリエイティブリーダーシップコースでは積極的に議論しようとしているトピックでもあります。
われわれが大学で取り組もうとしていることは世界のデザイン研究の一つの潮流であることを再確認できたことが大きな収穫でした。


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