見出し画像

Taiwan Design Research Institute(TDRI)を訪問しました

政策のためのデザインのリサーチの一環として、台湾のデザインカウンシルであるTaiwan Design Research Institute(通称TDRI)を訪問しました。
 
デザインカウンシルとは国や自治体のデザイン関連政策を推進するための機関です。行政直属や公共性の高い組織として運営されていることが通例です。よく知られているデザインカウンシルにはイギリスのDesign CounsilやデンマークのDanish Design Centerなどがあります。日本にも日本デザイン振興会というデザインカウンシル的な組織があり、グッドデザイン賞の運営などを担っています。

訪問のタイミングでTDRIが運営するGolden Pin Design Awardの展示が行われていました

TDRIとは?

Taiwan Design Research Instituteは2003年に台湾のデザイン振興を担う政府機関Taiwan Design Center(TDC)として設立されました。その後2020年にTaiwan Design Research Institute(TDRI)に名称変更しています。
 
TDRIのWEBサイトでは、PositioningとVisionとして以下の説明がなされています。

Positioning
A cross-boundary, integrative design platform for value creation services A think-tank for design-driven innovation and research at the international level
 
Vision
Improving Taiwan’s competitive edge on the global stage, fostering sustainable social and industrial development, and enhancing its people’s lifestyle through design-driven innovation

これらのPositioningやVisionを見ると、産業振興というTDC設立当初の役割を維持しつつ、デザインの貢献領域をイノベーション領域にまで拡大して捉えていることがわかります。そのために、領域横断的なプラットフォームになるという戦略を掲げています。
 
その方針は、台湾を代表するデザイナーの一人である聶永真(Aaron Nieh)によるTDRIのロゴにも現れています。横長のロゴは、様々な領域を横断的につなぐプラットフォームであるということが表現されているのです。

そのためTDRIの取組みの範囲は広範囲にわたっています。日本のグッドデザイン賞にあたるGolden Pin Design Awardの運営を通じた産業振興だけではなく、デザインのプラットフォームとして公共領域のデザインに多く携わっています。今回の訪問はまさにこの公共領域におけるデザイン支援のリサーチの一環です。今回の訪問では、副院長である艾淑婷(Nina Ay)さんのお話を伺うことができました。
 
2022年4月に公開された経済産業省のレポート「我が国の新・デザイン政策研究」に各国のデザインカウンシルの役割を比較した興味深いページがあります。

経済産業省 デザイン政策室(2022)「我が国の新・デザイン政策研究」 

この比較表ではデザインカウンシルの機能を、政策提言、政策推進、人材育成、調査研究、表彰、情報発信の項目で評価しています。TDRIはイギリスのDesign Counsil、デンマークのDanish Design Centerなどと並んで全ての項目に○がつく形で評価されています。これを見てもTDRIの役割が政策提言や政策推進を含む広範囲の領域にわたっていることがわかります。

TDRIが運営するデザインライブラリー

広義の役割としてデザインを拡張

デザインシンキングの世界的潮流からもわかるように、デザインはこの10〜20年の間にその役割を大きく拡張させました。デザインを造形的な側面だけではなく、イノベーションのための戦略的な方法論として捉えるという考え方です。世界ではStrategic Designという概念としても知られています。
 
デザインの方法論を産業振興に活用しようというだけでなく、よりよい社会の実現のために活用しようという流れです。行政や公共領域では、前述のイギリスやデンマークの他、昨年の夏にリサーチで訪れたフィンランドなどでもこの動きが進んでいます。
 
TDRIでも、先行するDesign CounsilやDanish Design Centerで生み出された拡張するデザインのフレームワークを参照しながら、公共領域のデザインにまでその役割を拡張させていました。TDRIには100名を超えるスタッフが在籍しています。TDRIにはインハウスデザイン機能はなく、それぞれのスタッフが行政などの公共領域とデザイナーをつなぐプラットフォームとしての活動を進めています。

昨年秋には未来ビジョンデザインの展示が開催

いくつかの公共デザインプロジェクト

TDRIの公共デザインのいくつかのケースをご紹介しようと思います。いずれも、公共領域のケースである点に加えて、複数の専門性を束ねた領域横断的な側面や、社会的なインパクトを重視した展開性に特徴があります。

公共スペースの消防機器のリデザイン(Public fire safety redesign project)

このプロジェクトは公共空間の消火器や消火栓などのリデザインを行ったものです。それまでバラバラにデザインされていたものを、TDRIが消防庁と協力しリデザインを推進しました。
デザインのプロセスでは、デザインシンキングのアプローチが活用され、デザインの成果を多くの自治体や公共団体などが活用できるよう、デザインマニュアルをオープンソース化しています。

Public health center redesign

新台北市の公共診療施設のリデザインです。パンデミックで公共医療の重要性が改めて注目されました。このプロジェクトは、視覚的なデザインだけではなく、デザインシンキングやサービスデザインの方法が活用されました。
TDRIは多様な専門性を持つデザイナーのチームを組成し、ファシリテーターとしてプロジェクトを推進しました。

Design movement on campus project

このプロジェクトは公立の小中学校を中心に、学校の空間をリデザインしたものです。200を超える数の応募の中から20の学校が選ばれTDRIがリデザインのプロジェクトをリードしました。
個別のプロジェクトに集中するのではなく、広がりをもった公共デザインのプロジェクトを推進していることもインパクトの側面で注目できるポイントです。
このプロジェクトは日本のグッドデザイン賞も受賞しているようです。

選挙公告のリデザインプロジェクト

きらびやかなアウトプットではないかも知れませんが、目を引くプロジェクトです。選挙の際のコミュニケーションツールをリデザインしたものです。こうしたツールはその重要性に反してデザインの対象になることがほとんどありません。
このプロジェクトではTDRIと国の選挙管理部門が協業して、選挙に関わるコミュニケーションツールのリデザインを推進しました。

前身のTaiwan Design Center(TDC)からTaiwan Design Research Institute(TDRI)に変わったのが2020年と比較的最近ですが、その短い間にも公共領域のデザインプロジェクトの成果を着実に積み上げてきているのが印象的でした。

文化に投資する台湾

前回台湾を訪れたのは学生の時で20年以上ぶりの訪問となりました。20年の時を経て今回の訪問で強く感じたのは、台湾の文化に対する投資の成果です。
 
TDRIは1930年代に建設されたタバコ工場をリノベーションした建物の中にあります。この建物とその周辺は松山文創園区(Songshan Cultural and Creative Park)として整備されています。タバコ工場の跡地にはTDRIの他、クリエイターのためのスペースやリビングラボ、サスティナブルデザインの活動拠点がありました。その他、小さなショップが数多く入居していて、建物全体がクリエイティブな雰囲気に満ちていました。

タバコ工場の横には、日本の建築家、伊東豊雄氏設計の台北文創ビルの建物があり、この中には、台湾を代表する文化的企業である誠品生活のショッピングモールとホテルもあります。ちょうど訪問のタイミングでランタンフェスティバルが開催されていて、夜にも多くの人々が公園を訪れていました。

誠品生活の躍進もこの20年間の台湾の文化的側面を象徴するものです。日本の蔦屋書店が参考にしたとも言われる、書店のフォーマットを基軸にしながらステーショナリーや雑貨、食品といった商品も扱うその業態は、現在台湾全土に数十店舗を出店するまでに成長しています。

今回の訪問では地下鉄中山駅の北側に伸びる古い地下街を誠品生活が再活性化した誠品R79のプロジェクトも見に行きました。地下街のスペースを活用した細長い形状の書店に若者たちが集まるその様子は台湾の文化への取組みを示す象徴的な光景のように見えました。

日本が学べること

今回の訪問で、台湾から日本が学べることが多くあるのではないかと感じました。
 
一つはデザインを公共領域にどのように活用していけるかという点です。何度か触れたように、これを実現するには、デザインの位置づけを造形的な側面からイノベーション的な側面に拡張するする必要があります。
それとともに重要なのは、領域横断的なデザインプロジェクトを推進する体制をつくることです。公共領域の課題は複雑で一つのデザイン領域だけで対処することは難しいのです。領域横断的なデザインチームを組成し、それらをファシリテーションしていくTDRIのような中間支援組織の存在が必要不可欠です。
 
もう一つの点は、文化に投資するという点です。台湾は農業をベースに工業化が進み、社会の成熟期を迎えているいう点で日本との類似性があります。そんな台湾は、成熟社会の一つのアプローチとして文化に資源を投資してきました。日本でももちろん文化への投資は行われていますが、文化が文化として独立しすぎているようにも思います。台湾の文化への投資は、TDRIが拠点を置く松山文創園区(Songshan Cultural and Creative Park)に象徴されるように、文化政策でもありながら、産業政策、都市政策とこれもまた領域横断的なアプローチが成立しているように感じました。
こうして考えると成熟社会において必要なのは、個別の要素を積み上げて全体をつくる要素還元的な考え方よりも、領域横断的な全体性を伴った考え方なのではないかと思います。日本はまだまだ要素還元的なアプローチが支配的なのかも知れません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?