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【14日目】Home画面ボタン設置と老いの話②

こんにちは。

今日はHome画面でのボタン追加と昨日の老いの話の続きをしていきます。

ボタンというのは、押すことでそのページに飛べるボタン、要はリンク機能を持つボタンということですね。

ただURLを貼るだけでもリンクとして機能するのですが、流石に味気ないので、ボタンとして設置していきます。

以前、メニューの位置が分かりづらいということで、画面上部に固定して、「三」みたいなマークを押せばメニューが開くように調整したのですが、

リンクは多ければ多いほど便利かなと思いまして。

いちいちスマホの上部をタッチしにいかなくても、BlogページやHistoryページに飛べるようにしてみました。

ちょっとProfileページに飛ばすためには、まずHome画面に作成者紹介みたいな項目を追加する必要がありそうだったので、それを追加してからボタン設置します。

ちょっとボタンの色とかは今後調整する必要があるかもしれないですね。

最初は毎日更新してたらすぐにネタ尽きそうだなと思ってたんですけど、やっぱり次々に改善ポイントが出てきますね。

皆さんからも何か希望がありましたらどんどん意見いただきたいです!

とはいえ手段がないですよね、HP上でこちらにアクセスする。

あ、コメント欄が一応ありましたね、たしかこっちで承認しない限りコメント公開されないみたいな設定になってた気がします。

なので実質ダイレクトメッセージみたいなものですね。



さて、それでは昨日の老いの話の続きをしていきたいと思います。

たしか、老いのメリットみたいなものを紹介して、これで話終わりでもいいけどうんたらかんたら、みたいな感じでしたよね。

読み返したい方は一番下までスクロールしていただければ1日前の記事に戻れるはずですのでぜひ!

それでは続きです。



老いを考えるのは、少し難しいですよね。

読者層がどのくらいの年齢なのか分からないのですが、70〜80歳ですという方はさすがにいないのではないかと思っているので(いたらごめんなさいこれからもよろしくお願いします)、本格的な老いを自分ごととして捉えることはできないのではないでしょうか。

私もそうなので、一般的に言われる「老い」を観察することで詳しく考えてみましょう。

老いって、老化のことですけど、裏を返せば成長とも捉えられますよね。

0歳から8歳まで歳を取ることと、30歳から38歳まで歳を取ることは、本質的に同じはずですが、0→8を老化とは言わないですし30→38を成長ともなかなか言いません。

老化と成長は表裏一体、要は時間の経過による心身の変化ということで、本質的には同じです。

さてその変化は、あらゆる側面で平等に起こるものなのでしょうか?

一般的に、身長は男性も女性も大体高校生くらいまでには成長が止まります。一方で、脳の成熟は20歳や20代前半と言われています。

個人差が大きいのでなんとも言い難いのですが、私は、この変化の差こそが老化に対する違和感を与えているのではないかと思います。

身長や脳だけでなく、精神面でも同じように差が生じています。

そして精神面の発達は、身体の発達よりも時間のかかるものです。

身体はもう発達しきってあとは衰えていく一方なのに精神面はまだ成熟しきっていない、このズレが老化に対して違和感を生じさせているのです。

心の老いは遅いのです。

まだ心は20歳前後なのに身体は30歳、そんな状態なら当然老いが憎いですよね。

まだまだいけると思っていても身体がついてこない。それはこの差がそう思わせているのです。

そんなこと言ったって老いは嫌なものに変わりないじゃあないか、と口を尖らせたくなるのも無理はありません。

しかし、これを理解すると老いに対する認識が変わります。

老いについて違和感を感じる原因は分かりました。

しかし、現代社会において、老いを憎む原因はこれだけではありません。

老いは、身体と心の発達の差によって感じる違和感と、「若返るためのなんちゃら」だの「アンチエイジング」だの「若さの秘訣はチョメチョメ」といった社会的な刷り込みによって敵対視されます。

現代社会は「若さこそ正義」論に支配されています。

老いに対する認識を覆すためには、ここから脱却しましょう。

1番の近道は、老いは素敵なものだと思わせてくれる素敵な老人に出会うことです。

心身ともに成熟した、「こんな余生を送りたい」「やさしさの塊だ」「懐の深さがとどまるところを知らない」そう感じさせてくれるような老人に出会えると老いはもはや敵ではなくなります。

その老人の生き方こそが、自分の人生の目指すべき終着点となるわけですから、老いは、若さを阻害する仇敵ではなく、目的地点へと自らを押し上げてくれる最も信頼すべき仲間となるのです。

そうは言ってもそんな素敵な老人が都合よくそこら辺をフラついてるなんてことはなかなかないでしょう。

であれば、心の底から素敵だと思える完璧老人でなくても観察対象としてみる必要がありそうですね。


少々長くなってしまいましたが今回はここまで!

次回はこの続きからお話します。

多分次で完結です!

それではまた!

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