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江戸時代の裁判は時代劇で見られるように、奉行がひとりで状況証拠と自白で決めますので、無実の人を誤審や濡れ衣で裁くケースは多かったようですね。

江戸時代で40ともなれば、人生もそろそろ晩年、盆栽いじりを覚えようという年でございます。
利助が身に覚えのない罪でとらえられたのは、ちょうどその40の頃でございました。
何でも、商家に押し込み強盗が入り、一家4人惨殺の上、金品を奪って逃げたということでございます。
たった一人、危うく命を取り留めたその商家の番頭が言うには、下手人は利助そっくりの男だったとのことでございました。
そもそも利助という男は、手先の器用さを買われて15の年から大工の親方の弟子になり、正直の上にバカが付くほど真面目に働いてきた男でありましたので、奉行所の役人たちも、腑に落ちぬ話と思い、
「利助、その頃、何をしておった」
と何度となく尋ねましたが、利助は、
「酒を飲んでおりました」
と言うばかりで、どこで飲んでいたか頑として申しません。
実は利助、強盗事件の起こった時刻には、船着き場の片隅に浮かぶ古船にて、夜鷹と情交を交わしておったのです。
人生40年、18でもらった幼なじみで恋女房のお栄以外の女とは、ただの一度も肌をふれあったことのないほど、お栄命の利助が、ひょんなことに間がさしてしまったのでございます。
「あああ、お栄に申し訳ない、ああ、すまない、すまない」
と思いつつも、何にも知らぬ恋しい恋しいお栄に心で詫びるばかりの利助でございました。
そんな心持ちの利助に、濡れ衣とは言え天罰が下ったのであります。
利助は、
「罰が当たった・・・」
と思い、死罪を覚悟しておりました。
案の定、利助は奉行所のお白砂にて、あーと言う間に、
「市中引き回しの上、獄門に処す」
と御奉行様からの裁きを受け、もう万事休すでございました。
利助が河原で処刑される日、悲しみに暮れるお栄と子供たちのもとに、見知らぬ女が訪ねてきました。
「あんた、あの利助という男のおかみさんだね。あたい、押し込み強盗のあった夜に、あんたの亭主と寝たんだ・・・」
と、その女が言うのを聞いて、もとより利助という男の性根を知り尽くしているお栄は一瞬で事の次第を知り、
「あのバカ」
と言うなり、飛ぶがごとく近くの番屋に走りました。
一方、利助の命は、もはや風前の灯火であります。河原には多くの見物人が集まり、なにやら不穏な雰囲気であります。
「お栄・・すまない・・・すまない・・・」
と泣きながら、今まさに首をはね飛ばされようとしている利助でありました。
首切り役人が、苦々しい形相で利助の背に立ち刀を振り上げたその時です。
「あんたー」
と叫ぶお栄の声とともに、
「そのお裁き、しばし待たれよ」
お栄の知らせを聞いて駆けつけた番屋の与力の声が河原に響き渡ったのでございます。

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