犬小屋の影に隠れていた坂本龍馬は当時最強と言われた人斬り井蔵という殺し屋に見つかります。その時、龍馬が、わしを殺したら歴史が変わるぞと言うと井蔵は笑って去っていったそうです。
時は幕末、龍馬暗殺を企てた幕臣たちの計画は
見事失敗に終わるのですが。その時の龍馬の命の恩人は、3人います。
まず一人は、
「おはんの命は、おはんだけのモノではない」
そう言って龍馬に今で言うピストル、当時の南蛮渡来の短筒、
をプレゼントした高杉晋作ですね。
このピストルの中に込められた6発の弾丸を追っ手に乱射し威嚇し
たことで、龍馬は、とにかく寺田屋から脱出し屋根づたいに隣の家に
逃げ込んだのですから。
この時、龍馬の撃った弾丸で二名が亡くなったとする説もありますが、
たぶん天井や足下に撃ったように思います。
龍馬は人殺しは苦手だったでしょうから。
もう一人は、女性です。たしか、おまつさんとか呼ばれている女性は、
寺田屋で働いていた人かもしれません。龍馬の恋人とも、いや実は
女房だったとも言われています。彼女は、龍馬が風呂に入っている時に
「お気をつけなさいまし、店のまわりに見慣れぬ侍たちが
集まってまいりました」
と伝えなければ、それから間もなく始まった襲撃で龍馬は、あえなく世を
去ったと思われます。命をかけて惚れた男を助ける。まあ、ここまで女に
惚れられたら男に生まれて本望でしょう。
さて、歴史の表舞台に登場する恩人が、この二人なら、影の恩人?
と申せそうな人物をも登場させねばなりません。龍馬が活躍した時代に
”人切り井蔵”と申します腕達者な刺客がおりました。今で言うならば、
殺し屋です。この男、もともとは百姓の出ながらも、子供の頃から侍に
憧れ剣術の稽古に励みました。かといっておいそれと百姓の小倅が武家に
入れるはずありません。あげくの果てに、やくざの用心棒などを経て、
やっとメジャーデビューを果たしたときは、”人切り井蔵”なん言う
悪辣な風評が立っていたのです。たしかに、腕は達者だったようで、
かの有名な新撰組からも誘われたそうです。今で言うならば、
剣術版ドラフト1位指名のような人でした。
この井蔵は、のちのちベストセラー小説にもなり、テレビや映画にもなった
必殺仕掛人のモデルにもなった人と言う説もあります。
さてさて、この井蔵が襲撃メンバーに入っていたとしたら・・・
犬小屋の影で傷だらけの龍馬が小さくなっている。
犬がワンワンと吠える。
困った龍馬は
「うまく逃げおおせたら、お礼は必ず致すから、
一生の願いだから静かにしてくれんか」
しかし、犬は容赦なく吠え立てる
ワンワン・・・(俺は秋田犬だ・・薩摩者は嫌いじゃ)
「たのむ・・たのむ・・短筒(ピストル)も捨ててきたんじゃ」
と頭を押さえる龍馬。
ワンワン・・・(俺は男だからな・・女なら見逃すかもな・・)
龍馬は、もうお手上げと絶望感に浸り
「もう、おわりじゃ・・・」
そこへ、チャチャカチャカチャーン♪
とテーマソングが流れたかどうか知りませんが赤い手ぬぐいを
首に巻き、井蔵が口笛を吹きながら現れる。犬もあまりの殺気に
鳴くのをやめる・・・井蔵、低音で渋い声、
「お主が坂本龍馬か・・・死んでもらいます」
「その赤い手ぬぐいは・・・人切り井蔵」
「いかにも・・・死んでもらいます」
「ちょっと待って・・・カッコいい」
「聞き飽きておる・・・死んでもらいます」
「死ぬ前に歴史に残る言葉を考えないと・・・」
「それもそうだな・・・」
「おはん、わしを殺して何になる・・」
「金になる・・・それでは、死んでもらいますね」
「ううん、ちょっと待ってくれ・・
死んでもらいます・・しか言えないの・・ううんと
・薩長連合のために・・ってのはどうかなあ・・」
「小さいのお・・・やっぱり、死んでもらいますか・・・」
「じゃ・・日本のために・・・」
「歴史に残る言葉を考えてもらわないとねえ
・・・引くに引けないんですよ」
「ううん?歴史・・そうか歴史か・・・
やった、浮かんだ・浮かんだぞ・・」
「聞かせてもらいましょうか・・」
「おはん、わしを殺すと歴史を変えることになるぞ」
「ううん、さすが噂に聞く坂本龍馬・・・惚れ申した・・・
その大きな器に惚れ申した・・・また会おうぞ」
井蔵は、口笛を吹きながら去って行く。
龍馬も犬も、ホッとしたように、しゃがみ込む。
「すごい・・・怖かった」
ワンーワンークンクン・・・ほんとほんと・・・無事で良かったね。
あまりの恐怖体験に、いつの間にやら気心を通わせていた犬と龍馬だった。
そこへ、京都薩摩藩別邸に控えていた海援隊の若者たちが
先生・・・坂本先生・・・と駆けつけてきた。
弱いくせに血の気の多い若者たちである。
恩師の命を奪おうとした井蔵を今にも追おうと身構えた。
その時、龍馬は言った
「待て、おはんらの適う相手でなか・・・」
若者たちは、無念そうな顔を浮かべ、
クソー・・と地団駄踏むのだった。
そんな後ろの様子を気にもかけず、悠然と去って行く井蔵であった。
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