超能力者
10年ほど前、高校を卒業してすぐに、カーディーラーに勤めていたYは、一ヶ月に
1台売れるか売れないかのダメ営業マンだった。しかし、Yのことを良く知る人は、
彼はただ者ではないと口を揃えて言うのだった。Yのどこがただ者でないのかと言う
と、Yは顧客の名前を見たり聞いたりしてすぐに、
「ああ、これは売れない」
と言うのだった。
「そんなバカなはずはない。ダメ営業マンは、諦めが早いもんだ」
そう言って、新しく転任してきた凄腕営業所長は、Yが「ダメだ」と言った顧客全員
を当たってみた。1年間で1000人ほどの顧客に当たったが、たしかに、どうにも
ならない顧客ばかりだった。業界で一・二を争う営業マンと言われた所長を持ってし
ても、そう認めざるを得ない顧客ばかりだったのだ。
ある日、所長はYと一緒に飲みに出かけた。
「なあ、Y君、もしかして、君は、何か不思議な力を持っているのではないのか?
たとえば、予知能力のようなもの」
「自分でも、よく分からないのですが、そんなところですね」
Yは、人なつっこい欲のなさそうな笑顔を答えた。
所長は、ますます不思議に思った。
「君は、その能力を、どうして生かさないんだ。もし、君の力が本物なら、年間1万
台売ることだって可能なはずだ」
気の良いYが、初めて力を込めて話し始めた。
「所長、私は、そんな自分が嫌いなんです。普通に生きたいんです。たとえばですよ。
学校の試験問題が前もって分かったり、窓口に座っている女性の愛想笑いの向こうに
ある本音が見えたりしたら悲しいですよ。悲しすぎますよ。人間って、何て醜いもの
なんだろうって…私の人生は、そんな自分との戦いだったんです」
…
それから、しばらくしてYは、その会社を辞めた。同じような調子で、Yは1年か半
年ごとに職を変えて行った。そんなYだが、3年ほど前から、同じ仕事を続けている
そうだ。仕事の内容を聞いてみたが、Yは誰にも語らなかった。ただ分かっているの
は、毎朝、黒塗りの車内が見えない高級車が彼を迎えに来て、夜も同じ車が送ってく
るとのことだった。
詮索好きの誰かさんが、その車を尾行したそうだが、1キロオーバーしただけなのに
パトカーや白バイに追跡されて、スピード違反で検挙されてしまい尾行は失敗したそ
うだ。
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