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かぐや姫は白いドレスを着たかわいい娘でした

スナック蛍の雇われママの明美さんから聞いた話です。
 
ある大雨の夜だったわ。一人店番をしていたのよ。
あのころは暇でね。いつ店がつぶれるか、不安で不安で。
誰も客が来ないので、そろそろ看板にしようか・・・
とボトルを片づけようとした時、
ボトルのコルク栓がポンっと跳び上がったのよ。
私、びっくりして、キャッと叫んで全身が震えたわ。
その時、扉が開いて二人の若い男と女が入って来たの。
「いらっしゃい、看板にしようと思ってたところよ・・・」
と言うとね、男は
「一杯だけ・・・」
と言ってカウンターに座ったわ。男は、ヤクザ者よ。
女の方は、白いドレスを着たかわいいかわいい娘だったわ。
かぐや姫かシンデレラかと思ったわ。
純な感じでね。連れの男とはかなり不似合いだったわ。ただ、
その女の子は、足を引きずっているようでね。男の名前は
知らないわ。女は、どういうわけでしょうね。ホタルって
名前だったのよ。もちろん、その場限りの偽名だろうけどね。
ホタルちゃんは、とっても感じの良い娘だったんで、店に
来てもらうことになったの。話の成り行きは忘れたわ。
そりゃ店は繁盛したわよ。どこで聞いたか。ホタルちゃん見たさに
男・・・男・・・男・・・連日満員でね。でもね、どんなに
勧められても酔っても、ホタルちゃんはカウンターから出なかったの。
生まれつき足が悪かったのよね。それを見られるのがイヤだったのよ。
男もいなかったようね。不思議な子だったわ。コルクの栓はポンポン
跳ぶしね。景気づけになって、お客さんたちは喜んでたわ。
たぶん、お客さんはこの店にしかない何かのトリックと思ってたのよね。
ホタルちゃんは、どこに住んでいるかも分からないし、
年も分からない・・・たぶん、20前後だと思うけど。
あたしは、つぶれかかった店が儲かって儲かってホクホクで
笑いが止まらなかったわ。ああ・・・、あの連れのヤクザ男は
それっきり来なかったわ。ホタルちゃんの彼氏じゃないみたいよ。
だって、あの男の話したって輝かないもの。女って、とくに若い頃は
好きな男の話すると、あるじゃない女のカンよ・・・
 
と言うと明美はタバコをフーッと吸いました。ほんの数ヶ月前の出来事なのに
遠い昔のおとぎ話を思い出すように、少し宙を見て明美さんはまた話始めました。
 
満員満員だったわ・・・でも、あいかわらずホタルちゃんが
店に入ってくると、いつも、ポンっとボトルのコルク栓が跳び上がったわ。
ある日、ホタルちゃんを訪ねて来た男がいたのよ。真面目そうな
スーツを着たセールスマン風の男だったわ。井出と言う人で、
たぶん、ホタルちゃんの彼だと思うわ・・・
これも、カンよ。井出さんを見るときのホタルちゃんは輝いてたわ。
もともと輝いてた娘が輝くんだからね。もう眩しいくらいよ。
そうそう、この井出さんが来るといつもコルク栓が跳んだのよ。
この井出さんがね、ホタルちゃんに「帰ろう帰ろう」ってうるさいのよ。
どこに帰るのかは、とうとう分からなかったの。
ホタルちゃんは、「お客さんも、たくさん来てるし・・・」って断ってたの。
それでも毎日のように、その井出さんは来たわ。
相変わらず「帰ろう帰ろう」って。ある蒸し暑い夜だったわ。
ホタルちゃんのファンの若い男たちが、井出さんを呼びだして
袋だたきにしたのよ。訳は分からないけど・・色男は妬まれるのよね。
傷だらけで店に現れた井出さんを見たホタルちゃんは
ビックリして、初めてお客さんたちの前でカウンターから出たの。
悪い足を引きずって肩を揺すりながら駆け寄って
泣いてすがってたわ・・・そして、ホタルちゃんは言ったわ。
「帰ります・・」そして、井出さんとホタルちゃんは肩を支え合いながら
扉を開けて店を出ていったわ。私も心配して二人を追って店から出たんだけど、
あっという間に二人は消えていなくなっちゃった。ホタルちゃんは足が悪いし、
井出さんは傷だらけなので走れるはずないしね・・・お客さんたちは、
月に帰ってったって大騒ぎだったわ。私は、二人がいなくなったので
びっくりして周りを見回してばかりで、まさか空は見なかったわよ。
それっきり、ホタルちゃんは来ないわ・・・
一度もお給料も払ってないから、送りたいんだけど・・・
あんた、知らないかい?二人の行き先。ほんとに知らないの?
私、ピンと来たんだよ。あんたが入って来た時も、そこの・・ヘネシーの
ボトルのコルク栓が跳んだのよ。
あんた、ホタルちゃんたちと同じ所から来たんじゃないの?
 
             

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