見出し画像

カギっ子

バタン!力一杯ドアを閉めて、貴一が飛び出して行った。
「そろそろ潮時じゃないの」
周りは、そう言うけれど結婚して5年、咲子と貴一は毎日のようにケンカばかりしている。
ケンカの原因は、大したことではない。
いつも家でゴロゴロしているばかりで、なかなか仕事が続かない貴一のことが咲子は歯がゆくてしかたない。
だから、ついつい小言を言ってしまう。
それが男の誇りとやらを傷つけるらしく、同じパターンの言い争いが始まるのである。
たとえ、貴一が働かなくても、咲子が看護婦なので生活に困ることはない。
養ってもらうつもりで結婚したわけでもなかった。
ただ、頼りない貴一を放っておけなかった。
そんな子供のような貴一と咲子は、いわば、夫婦と言う名を借りた親子のようなものだった。
咲子は、自分が貴一と別れられないのは、子供の頃、カギっ子だったからだと思っている。
父と母は駅前で立ち食いうどん屋をやっていた。
帰ってくるのは、いつも10時頃だった。
ひとりっ子の咲子は、いつも独りぼっちだった。
一人で夕飯を食べて、一人で風呂に入って、一人で布団をひいて、一人で寝た。
貴一が飛び出して行くと、そんなカギっ子だった昔にタイムスリップする。
たまらなく寂しくなる。
「あんなやつ・・・あんなやつ・・・」
と貴一をけなしながらも、どこかで帰ってくるのを待ち望んでいる。
ガタン・・玄関で物音がした。
「帰ってきたのかしら・・」
サッと立ち上がり玄関に小走りで向かう咲子は、まだまだカギっ子。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?