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人間なんて地位も身分も捨てて裸になれば何の違いもない。ただどこの家に生まれただとか、人間の力の及ばないところで運命が決まっている、儚い生き物である。

♪月が出た出たー・・・月が出たー・・ヨイヨイ♪
宴会で、頭に鉢巻きで割箸を5本ほど
立てて縛り、踊って踊りまくる酒に酔った
若い衆を見るたびに伸吾は思い出すのであった。
今では手の届かぬ人になった悪友の事を・・
 
伸吾と林は、同郷で、しかもT大学の同窓生だ。
林は慎重な性格の伸吾と違い、
大柄のわりには小心者で、しかも、たちの悪いことに楽観的な性格だ。
お父さんが郷里で県会議員をやっていて、
生まれつきのボンボン育ちというせいもあるだろう。
ある日、いつものように林は明るい内から酒を
飲んで、昨日の夜に一緒した女郎の自慢話をしていた。
話の相手は、もちろん後輩である。
「いやあ・・・最高・・よかったぞ・・」
とは言っているが、林は根っからの小心者で
本当は女郎屋に行っても、目的を果たしたことなどない。
裸の女の人を見ると震えて縮こまってしまうのだ。
それに女郎屋に行ってることを実家のお母さんの耳にでも入ったら、
大目玉を食らって泣き出すに違いない。
林は今で言うマザコンなのだ。
調子に乗ると、大きな事言うんだけどなあ・・
伸吾は、そう思いながら三島由紀夫の文庫本を
流し読みながら遠回しに様子を窺っていた。
どうやら、勢いついたのだろう。
林は後輩を引き連れて飲みに出かけるようだ。
たぶん、ゴールデン街だろうと伸吾は思った。
「おまえも来いよ」
と言われ、伸吾も一番後についた。言わば腐れ縁である。
おなじみの食堂の2階で、しこたま飲んだ。
いよいよ本番である。そう林の出番である。
閉じられた襖(ふすま)の向こうには準備万端の
林が控えている。林の後輩たちが手拍子を始める。
どこから持ってきたのだろう太鼓もドンドン・・
と小気味良い音を奏でる・・・襖が開かれた。
一同は大笑いする・・・
ふんどし一丁の林は頭に女性物の下着をかぶり、
ドンドンやパチパチのリズムに合わせて
ノッシノッシがに股で歩くのである。
ノミの心臓も酔うと大横綱である。
ヨッ、大鵬・双葉山・若の花・・ヨッ・・将来の大政治家・・
ヨッ・・・総理ー・・・
みんな林に奢ってもらう連中である。
これでもか・・これでもか・・大御輿にヨイショ・・
ドンドン・・・パチパチ・・
ただでさえ、調子に乗りやすい林は、そのまま
ゴールデン街をノッシノッシと繰り出した。
前からH大の学生たちが来た。以前から林を嫌っていた
連中だ・・・酔った勢いだろう。その直後、酔客遊客で
ゴッタがえすゴールデン街を上へ下への大騒ぎ大喧嘩となった。
十数分後の大立ち回りの後、林と後輩たち、そしてH大の面々は
警察に引きづられるようにして連れて行かれた。
うまく逃げおおせた伸吾は、機転を効かせて郷里の林のお母さん
に電話した。翌朝、夜行列車で来たのだろう林のお母さんと伸吾は、
林を身請けに警察署に行った。留置場の中の林は、ふんどし一枚のままで、
毛布にくるまり震えていた。
「このバカ・・こんなことで、お父様の跡を継げるのですか」
とお母さんに平手打ちを食らった林は泣きべそをかいていた。
 
あれから30数年、無事お父さんの跡を継いで政治家になった
林の様子を新聞やテレビで見るたびに
「あいかわらず調子に乗ると口が軽いなあ・・・」
と、伸吾は、あの”ふんどし踊り”を思い出す。
 

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