見出し画像

今日は最高の日

どこの家にでもありそうな応接間である。
誰も見ていないことを良いことに、ちょっとお行儀悪くテーブルに腰掛けて、とても楽しそうなところを見ると、たぶん、彼氏と電話している様なのは、この家の娘さんの裕実だ。
そんな楽しい会話に割って入ったのは、お父さんである。
「なんだ、お父さん」
もしもし、裕実か。お母さんは。
「お母さんは婦人会」
そうか、今、部長といっしょなんだ・・
「じゃあ、飲みに行くのね」
ちょっと、気になることがあって・・
「なに」
財布忘れてなかったか。応接間に、裕実はテーブルに座ったまま周りを見回すが見あたらない。
「ないわよ」
そんな・・テーブルの上にないのか。
だんだん、お父さんの口調がイラだってくる。
そんなお父さんの気持ちなんか、どうでも良くて早く彼氏と話したいテーブルに座ったままの裕実だった。
「ないわよ」
そんなことない。よーく、探したか・・
「ない、たら、ない」
裕実の厳しい口調に、
そんなはずない・・・
と言いながら、お父さんは電話を切った。
また、彼氏と電話を始めた裕実は、
「それで。ウフフ」
と楽しそうだ。しばらく、そんな調子で電話している裕実に、お父さんの声がまた聞こえてきた。
「ただいま・・・財布・・財布・・・」
と玄関の方で言っている。もうすぐ、お父さんは応接間に乱入して来るにちがいない。
邪魔者が入ったと思った裕実は、
「じゃあ、あとで携帯にかけてね」
と受話器を置くためにテーブルから立ちあがった。
次の瞬間、裕実はお尻がムズムズした。
「ああ・・財布」
と、お尻の下にあった財布を手に取った裕実だった。
たぶん、彼氏との会話に夢中になっていて気づかなかったのだろう。
そこへ、やってきたお父さん、
「あるじゃないか、財布」
「そうね」
「どうして、言ってくれなかったんだ」
「だって・・・」
と言って間を取り理由を探す裕実であった、
「だってね、お父さん、飲みに行っちゃうでしょ」
お父さんは、一瞬にして表情を緩ませて、
「じゃあ、裕実は、お父さんに早く帰ってほしくて、そんな嘘を言ったのか・・・」
「うん」
「ほんとか・・・」
「うん、たら、うん」
「ほんとに。ほんとか。ああ、お父さんは、なんて幸せ者だ。ああ、
今日は最高の日だ。ああ、感激感激」
とうとう涙ぐんでしまったお父さんを見ながら、きっと最近の私ってお父さんにかなり冷たかったんだ、と思いつつ胸をなで下ろす裕実だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?