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久しぶり

食堂で働く梓は、1年ほど前に5年連れ添った亭主と別れた。
3歳の裕太を保育園に預けて、毎日、ガンバっている。
幸い、食堂の店主のおじさんもおばさんも気のよい人で、楽しくやっている。
ある日、フラッとやってきた工事現場の作業員を見て、梓はハッと思った。
「ひょっとして、繁ちゃんやない」
すると、その男は、
「ああ・・・」
と微かに笑った。
繁ちゃんとは、中学3年生の時、同じクラスだった。
無口で、少し陰のある所が、胸にジーンと魅力的なのは、あの頃のままだった。
「そこの現場事務所で働いてる・・」
繁ちゃんは、モソモソっと話した。
その日から、繁ちゃんは毎晩、その食堂に夕飯を食べに来た。
黙ってモクモクと食べて帰って行くだけだが、梓は心が少しずつ弾んでくるのを感じた。
そんなことを、店主のおじさんもおばさんも気づいてるようで、繁ちゃんが入ってくると、
「来てるよ、梓ちゃん」
と声をかけてくれた。
それでも、子持ちでバツイチの自分になんか、と言う気持ちもあって、半分諦めているような期待しているような感じの梓だった。
こんなことがあった。
裕太の誕生祝いを店でやろうと、おじさんおばさんが声をかけてくれて、保育園に預けていた裕太を早めに引き取りに行き店に連れてきていた時だった。
たちの悪い客に、やんちゃ盛りの裕太がぶつかった。
タイミングが悪かったようで、ビール瓶が倒れて、頬に傷のある男のズボンを汚してしまった。
「おお、どうしてくれるんだあ」
おじさんもおばさんも梓も、散々頭を下げて、ズボンをクリーニングして
返すからと言ったが、なかなか承知しない。
その上、梓に付き合えと迫る始末だった。
みんな困り果てていた時に、繁ちゃんが入ってきた。
「もうそれくらいにしておきな」
繁ちゃんが言うと、男は、
「おまえ、何様や思ってんねえ」
と繁ちゃんの胸ぐらをつかんで、引きずり回そうとした。
すると、繁ちゃんの作業服のボタンが3つ4つポロポロとこぼれ落ち、半分裸のようになり、赤青の立派な入れ墨が見えた。
それを見た男は、
「覚えてろ・・」
とすごんで店を逃げるように出て行った。
男が出て行って、しばらく呆然としていた繁ちゃんは、
入れ墨を隠すようにして店を飛び出して行った。
それを見たおばちゃんが梓の肩を叩いた。
おじさんも、
「呼んでおいで・・・」
と言った。
梓が小走りで追うと、すぐに繁ちゃんに追いついた。
振り向きざまに、繁ちゃんは、
「おれなあ、つい最近まで刑務所におった。ケンカして、人に大怪我させてたんや。チンピラやったしな。イヤやろ、こんなヤツ」
と言った。
「亭主に捨てられて、化粧もせずに食堂で働いてる子持ち女なんて、興味あらへんやろ」
と梓は言い返した。
首を横に振って、繁ちゃんが梓の手を握った。
ずっと冷めていた梓の心が久しぶりに温まり始めた。

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