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若い頃の火遊びは小悪魔願望もあって、ちょっとスリリングでゾクゾクする。だが、その代償は底知れぬ恐怖や心の傷として残ることもある。

コツコツ・・・
駅前から同じ足音が着いてくる。
久美は底知れぬ恐怖を感じていた。
クラブ活動が終わってから家に帰ると寄り道などしなくても、冬場は真っ暗で人影もまばらな道を通らねばならない。
駐車してある車のバックミラーに映った男の顔を見て久美はハッとした・・・
近所のスーパーマーケットの入り口にあるフードショップで年末のアルバイトをしていた高校2年生の久美が、家族4人団らんの夕餉の席で感極まったように口を開いた
「私、バイト辞める」
父も大学生の兄も母も、驚いて久美を見た。
「なんか、いやなことあったのか」
「別に・・」
「ほんとに?」
「ほんとよ」
「そう、でも10日間働いたんだからバイト料はもらわないとね」
と母が言うと、久美はモジモジし始めた。
「取りに行きたくないんだな」
久美は、無言で頷く。
「おれが、取ってきてやるよ。その代わり1割くれよな」
「若いおまえが行くと、角が立つ。お父さん、会社休みだから行ってやるよ。なあに、風邪ひいたと言えば、店長さんも納得するよ」
こんな経緯で、翌日、義男がフードショップに行くことになった。
フードショップは、どこのスーパーにもある焼きそばやたこ焼き、お饅頭などを売っている店だった。
その店を若い店長が一人で不機嫌な表情で賄っていた。
義男が久美が風邪気味だと分けを話すと、
「なあんだ、お父さんにバイト料取りに来させるなんて、最低だなあ・・・
おかげで、俺は昼休みもないよ」
という具合に散々恨み事を言うのだった。
実は、久美がバイトを辞めた理由は別にあった。
この店長は最近彼女と別れたらしく、女に飢えていたようだ。そんな所へ、17歳の久美がバイトできたものだから、たぶん、最初は冗談でデートしようだの、食事に連れて行ってやるだの・・モーションをかけてきた。
そんな飢えたオオカミのような男に久美も、迂闊だった。
小悪魔ぶって、甘えたりしたからだ。
その上、その男と店を終えてからドライブしたり、飲みに行ったりもした。
久美にとっては、ほんのお遊びだったが、男の気持ちはどんどんエスカレートした。
最後の数日になると、その男はちょっと店が暇になると馴れ馴れしく、お尻や胸に触ってくるようになって、久美は恐ろしくなってバイトを辞めたと言うわけだ。
あの男だっと思った久美は、夢中で走った。
走って走って振り向くと誰もいなかった。
でも、小さなライトもバイクの音が久美の後ろから迫ってきた。
だんだんライトが大きくなった。
バイクに乗っているのは、あの男だった。
また走り出した久美だが、一瞬でバイクに背中からぶつけられた。
転倒した久美の数メートル前でバイクは止まり、あの男は憎々しげに言った
「俺に恥じかかせやがって・・」
そして、また、久美に襲いかかろうとエンジンを噴かせた時、
「なにやってんだ・・・」
と叫ぶ声がした。
兄が友達と通りかかったのだった。
あの男は、一目散に逃げた。
その後、久美は生まれて初めて兄と救急車に乗った。
久美の傷は片方の足の小指をバイクに踏まれた程度で、念のために精密検査をすれば家に帰ることができた。
むしろ火遊びの代償は心の傷として残ることになった。
 

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