姉は凄い。でも好きになれない。どうしても主観的になる私。

姉の湯のみを割った。

家族全員が家でのんびりしていたら、突然の来客があった。慌てて全員が飛び起きてバタバタと用意を始める。姉は急いでお茶の準備に取り掛かった。

一応来客の予定はあったのだ。でも11時頃にくるだろうという父の言葉に甘んじていたようで、来客した9:30には何の用意もできていなかった。

姉が来客用の茶碗を探そうと戸棚を見つめる。いや、そのガラス戸の奥にフツーにあるじゃん。と私は側から思っていたのだが、この時姉は冷静なフリをして心底焦っていた。見つけられないらしい。仕方がないので私が変わって、茶碗が置かれたお盆をそれごと取り出す。

ところがだ。このお盆はそもそも前日に姉が用意したものと思われるのだが、茶碗5つくらいを重ねた危なっかしい山が4つもあった。しかもそのうちのひと山は、明らかに重ねることに不向きな形状をしており、あ、と気がついた時にはその茶碗のひとつが落下した。

それだけだったら何もなかったのだと思う。落ちた茶碗は流石来客用といったところで、頑丈だった。問題はなぜか運悪く真下に置かれていた、姉の湯のみである。ガチャンと音を立てて、飲み口が大きく欠けた。幸い来客が通るようなところには、破片は飛び散らなかった。



姉の湯のみは、10年くらい前に母が用意したものだ。当時私は大人と一緒にテーブルを囲う「お茶の時間」に、ジュースを飲んでいた。姉は中学にもなった頃で、ジュースから急須のお茶へ卒業した。湯のみはそんな姉へ贈られた、母からのプレゼントだった。


ピンクの湯のみに、平仮名でおおきく名前が書かれている。特注品なのかなんなのか知らないが、姉はとにかく喜んだ。

私も大きくなったら、と思っていたのだが、私がもらったのはそこら辺のスーパーに売ってそうな招き猫の描かれたそれだったので、ますます姉は湯のみを大事にしていた。自分だけの湯のみ。自分だけの、特権。



湯のみが割れた直後に来客の方がインターホンの音を鳴らしたので、束の間の居心地の悪い空気感は直ぐに掻き消された。「ごめん」と姉に謝ってみたのだが、姉は何も言わなかった。割れた湯のみといくつかの破片を拾い上げて台所に置くと、すぐさま急須でお茶を淹れていた。

その後も、姉とはロクに会話をしていない。もともと普段だって姉とは全く会話をしていないので、そんなに気にすることもないのだが、私にだって罪悪感はあるわけで。一日中モヤモヤとしながら過ごしてしまった。



いつだったか、友人と一緒に友人の妹のバイト先に言ったことがある。

友人はバイト中であることも気にせずに「よっ」なんて声を掛けて、妹は「ちょっと、やだ、やめてよ」なんて言いながら、楽しそうに話していた。

そんな姉妹のやりとりを見ながら、「本当はこういうものなんだろうな」と思ってしまった。

姉とは喧嘩をしない。でも仲がいいかと言われると、よくわからない。だって会話してないんだから。もしかしたら姉と私は、最早他人のような関係性になっているのかもしれない。


でも、近くにいることに対して違和感はないから、まだ完全な他人になったわけではない、と思いたい。

昔ながらの家で布団派であることと、家族の人数に対して家が狭いことから、子供の頃からずっと家族川の字で寝ている。流石に寝相とイビキの激しい父からは距離を取っているのだが、姉なら別に気にならない。たまに寝相が悪くなるのか、お互いの布団を侵略されそうになった時には黙って押し戻すが、そんなくらいだ。

今日だって、私の隣に姉の布団が並べられている。言葉はないが、とりあえず一緒にいる、という感じだ。

もし姉妹という繋がりがなければ、私は姉と一緒にいようと思うだろうか。私にとって姉って、なんだろうか。

そんな哲学的なことを考えながら、姉の寝顔を盗み見る。


長女という責務を淡々と果たす姉。それに甘んじる妹。

家族の為にやることがあり、家族の中で役割を果たす姉。人手が足りているため除け者にされて、必要とされていない事を常日頃目の当たりにしている妹。

しっかり者であり、勉学に励みながらも音大に入り、毎日が辛くとも親に支えられて卒業し、でもプロになるわけでもなく音楽スクールの事務で働く姉。

ふらふらしていたのも悪いが、姉が音大に入ったことで金銭的な事情を察して私も音大に行きたいとは言い出せず、専門学校も親から了承を得られず、なにより好きだった音楽の道を諦めた妹。



正直、姉に対して凄いと思う反面、憎らしいと思うこともある。一般で述べられるような、文句言いながらもなんだかんだ好き、というような感情ではない。

ただ、嫌いだ、なんてそんな三文字で片付けるのは寂しい気がする。だって姉はただ、責務とやりたい事を全うしているだけなのだから。

一度距離を置いて考えるべきなのだと思う。この場合、姉は家族の中で多くの役割があり、必要とされているので、離れるのは私である。

離れたところから、客観的に姉を見られるようになりたい。近くにいる今はきっと、色んな感情が渦巻いていて、どうしても主観的になってしまうのだ。


どうやら本格的に、家からの独立を考える必要があるらしい。目の前に立ちはだかる壁は借金と低賃金の仕事と、そもそも休職中であるということ。活路はあるのか。いや、あるはずなのだが、私がそれを見つけられるかだ。


とにかく湯のみ割ってごめんね。

布団の中で、小さく呟いてみた。今日はなんだか疲れてしまった。今日はもう眠りにつこう。おやすみなさい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?