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レビュー『タングステンおじさん』

化学の世界へ読者をみちびく一冊といったら本書だろう。

著者のオリバー・サックスは、ロンドン育ちの神経学者。

本書は、彼の少年時代の自叙伝となる。

物語と科学的探求をおり交ぜる名手として知られるサックス。

本書では自身の幼少期を描きつつ、化学への深い情熱と、それが彼の世界観を形づくったことを強調している。

彼が子供のころから化学に夢中だった理由は、知識人の家族で育ち、タイトルの由来となった奇妙な伯父デイブ、通称「タングステンおじさん」がいたからだ。

デイブの専門はタングステンランプで、電球を作る「タングスタライト社」を経営をしていた。

タングステンの粉から電球のフィラメントを作り出す「タングステンおじさん」の超人的な強さは、タングステンという元素がもたらしているような気がしたとのこと。

本書の最大の魅力のひとつは、「驚き」のマジック。

彼が実験を回想するにつれ、読者も彼の発見の世界に引き込まれる。

そして、最も単純な化学反応でさえも魔法のような現象にみえてくる。

周期表や、自宅の実験室での実験、若き少年の心を魅了した科学的発見を紹介。

サックスは、複雑な科学的概念を、身近なエピソードに変えるたぐいまれなる才能を持ち、科学の美しさを前提知識のない読者でも理解し、鑑賞することできる。

また、科学的探求以外にも、非常に個人的な物語をかたっている。

サックスは家族のダイナミクスについて考察。

鮮やかな描写で彼の両親や兄弟を描き出し、家族の中で存在する緊張や絆を見事に捉えている。

サックスと伯父の深い結びつきを通じて教えられるのは、子供にたいしての指導者の影響力の強さだ。

さらに全体をつうじて、サックスは自身の個人的な体験を、歴史的背景と結びつけている。

第二次世界大戦によって、困難に直面した家族。

戦争が彼らの知的な追求に与えた影響や、それが彼らの人生に与えた心理的な負担について触れている。

これらの歴史への言及は、個人の物語に深みと文脈を与え、外で起きる出来事が、個人の物語を形作る様子を示している。

そして、文章スタイルがまたいい。

科学的な正確さと、感情的な共鳴の微妙なバランスが取られている。

サックスは、複雑な科学的説明と詩的な描写を組み合わせることで、知識と感情の両方を刺激する読書体験を提供している。

まとめると、本書はオリバー・サックスによる魅惑的な回想録であり、科学的探求と個人的な内省を巧みに組み合わせた作品だ。

科学、家族、個人的成長の交差点を美しく捉えており、オリバー・サックスの化学への感受性溢れる情熱と、知識と感情の両面で読者に共感を呼び起こす能力は、彼の著作のなかでも特筆すべきもの。

科学への深い愛情を持っている方や、単に上質な回想録を楽しみたい方にも、この本は必読の一冊といえる。


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