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人気の移住先ジョージアの一面を知る・『物ブツ交換』 NETFLIX

「ジョージア」という国をご存知だろうか。

ぼくは最近まで知らなかったのだが、治安も良く、生活費が安いので、世界中のフリーランサーに人気の場所だ。

以前見たアメリカ人向けの海外移住に関するYouTubeチャンネルで「ジョージア」が激推しされており、どんな国かと気になっていた。

「ジョージア」は日本の国土の5分の1程度のコンパクトな国で、西には黒海、東にはアゼルバイジャン、北をロシア、南をアルメニアとトルコと接している。

そんな「ジョージア」が舞台のドキュメンタリー映画がNETFLIXにアップされていたので視聴すると、意表をつかれた。

なぜなら、ジャガイモが通貨の役割を果たしていたからだ。

独特な雰囲気を醸し出すトレーラーを是非みていただきたい。


内容:ある行商人の物語

ドキュメンタリーの主人公はゲラ(Gela)という中年男性。

彼はミニバスで移動しながら、中古の衣類や家庭用品、雑貨を販売して生計をたてている。

彼が中古品を農村の人々に販売し、お客から受け取るものはお金ではなくジャガイモだ。

女性用のショールに5キロのジャガイモ。

電球1つに3キロのジャガイモ。

古着に20キロのジャガイモ。

という具合にジャガイモを受取り、首都のトビリシでジャガイモをお金に換金し、また中古商品を購入する。

経済の構造

本作で描かれているのは、農業従事者周辺の経済の構造である。

作品の舞台は首都トビリシから南西に約100キロにあるクヴェモ・カルトリ地方ツァルカ地区という田舎だ。

そこに暮らす人々はほとんどが小規模農家で、農業用の投資は難しく、収穫物を適度に温度調整できる貯蔵庫も持っていない。

収穫物の保存は、納屋の窓を塞いだものや、土中に埋めるなど、氷点下を下回る気温ではジャガイモはすぐに傷んでしまう。

こういった事情を買い付け業者は知っているため、農家の人たちは安く買い叩かれてしまい、彼らの現金収入は乏しい。

常に現金不足なので外に出る機会はなく、地区の中で手に入る洋服や雑貨なども限られている。

そこで、ゲラのような商人とジャガイモを媒介として「物々交換」が行われている。

映像ではゲラの商品に目を輝かせている奥様方が印象的で、女性もののスカーフは大人気だった。

もちろんゲラも買い付け業者のように、農家の人々がジャガイモを早く手放したい理由を知っているので、交換する品物とジャガイモの価値は釣り合っていない。

都市部でのジャガイモ、洋服や雑貨の値段を知ることのない農家の人々は、彼らの人生を通じて農作物を育てることや畜産に捧げられ、コミュニティの外の世界にはほとんど触れずに過ごす。

村の老人は「昔は教育を受けるのが夢だった。でもそれは無理だったし、今は天候に恵まれて作物が沢山取れるのが夢だ」と遠い目でタバコを吸いながら応えるシーンは印象的だ。

そもそもジャガイモとは?

ジャガイモとはどういったものなのだろう。

ジャガイモは栄養価があり大量に育つので、経済的に困窮する人々には重宝される農作物だ。

もともとは南米で生まれ、インカ帝国滅亡のころにスペインに渡り、その後わずか500年の間に全世界に広がった。

常温で保存する場合、3~4か月以上と長い保存も可能。

しかしジャガイモは病気や気候の変化に弱いという性質を持っており長距離移動に向かず、ジャガイモ生産者が豊かになることは非常に難しい。

そのためジャガイモは常に「貧者のパン」になるという傾向がある。

これらのジャガイモの性格は、ドキュメンタリーの中でひしひしと伝わってくる。

「俺にどうしろと?」

作品内では、ゲラに値下げを要求する老婆が登場する。

「お金がない」、「体調がよくない」、「もう歳だ」など、あの手この手で情に訴えかけ、なんとか商品をねぎろうとする姿に、悲壮感が漂っている。

そんな老婆にゲラが投げかける言葉が「俺にどうしろと?」だ。

そう、ゲラも生き抜くために商売をしており、生き抜くには逞しくなくてはならない。

ぼくはおばあちゃんっ子なので、自分だったら値引きしてしまいそうだが、そんな甘いことは言っていられない世界。

ゲラだけではなく、相手の無知を利用して利益を上げる人も数多くいるはずだ。

彼らは生き抜くために、弱い人々から奪わなければいけない。弱い人々が潰れてしまわない程度に。

経済のカテゴリー

本作品は、ただ単に「農家の人々は不幸である」ということを描きたい作品ではない。

たしかに彼らの生活は豊かとはいえないし、今後豊かになる望みは限りなく低いだろう。

ジャーナリストになりたいという夢を自ら語ろうとしない少年が登場するが、彼が語らないのがそれが不可能だと分かっているのだろう。

そんな中でも子どもたちは笑顔で、人々は不満を抱えつつも生きている。

本作品が示しているのは経済の一つのあり方だ。

ゲラのような商人が行き来をして、お金ではなくジャガイモを媒介にする経済の仕組みが成り立っており、お金を媒介とする取引が染み付いているぼくたちの価値観を根底から揺すぶる。

現在の日本社会、特に経済は閉塞感が漂っており、世界では格差が拡大している。

経済人類学者のカール・ポランニーは『人間の経済』のなかで経済の3つのカテゴリーを提唱した。

最初は「贈与の経済」で、たくさん所有する者が持っていない者に分け与える。

現代でいえば、会社の先輩が後輩におごることも「贈与の経済」だ。

人類で一番はじめに生まれた経済活動も「贈与の経済」だ。

2番目は「相互扶助・助け合いの経済」で、お互いが持っているものを交換しあう。

日本でかつて行われていた「講」も当てはまり、村の有志が少しずつお金を出し合って貯めておき、メンバーの誰かがお金が必要になったらそこから出すという仕組みだ。

最後は現在ぼくたちが慣れ親しんでいる「市場経済」で、お金を媒介として市場で商品が売り買いされる。

「市場経済」は近代以降にうまれたもので、人類史の中で考えるとごく最近できた経済だ。

ここでは需要と供給の関係で商品の価格が決まる。

本作の希望

本作品で描かれている経済はお金を媒介とはしていないのでポランニーの経済カテゴリーでいうと「相互扶助・助け合いの経済」に当てはまる。

助け合いなのかというと素直にそうだとは言えないが、農家の人々は、自分たちの持っているジャガイモと、普段見ることもできない商品を進んで交換しているので、助け合いとも言えなくはない。

ぼくらのように市場経済、資本主義社会の中で暮らしていると見えづらいが、本作のような映像を通じて市場経済以外の価値観もあるということを覚えておくことは大切だ。

というのも、経済に閉塞感があり格差が拡大するなかでは、たくましく生きるためのヒントが市場経済、資本主義社会の価値観とは別のところにあるはずだから。

たとえば日本で田舎に移住することを決断した若者も、市場経済の価値観とは別のところにも価値を見出している。

思考を柔軟にし、いろいろな可能性に目を向けておくと、お金を使わずに楽しく暮らす方法に気づける。

本作は、市場経済以外の価値観の存在を教えるとともに、思考を柔軟にしてくれる。

作品の詳細

英語の原題は『The Trader』で、ジョージアで制作された23分の短いドキュメンタリー。

2018年にインディペンデント映画の祭典、サンダンス映画祭にてノン・フィクション部門、短編審査員賞を受賞。

ジョージアの映画制作業界では初めて、Netflixにより購入されたドキュメンタリーフィルムだ。

おわりに

農村部と都市部を行き来する商人を軸に、独特のテンポで農家の人々の生活を描写し、なんともいえぬ感情を味わえる不思議なドキュメンタリーだ。

経済の構造や、村コミュニティーの閉塞感、人々のたくましさなど、いろいろな考えが頭をよぎる。

主人公で商人のゲラが、街で仕入れた中古品を農村部で売り捌き、代金としてお金のかわりジャガイモを求める。

村からでることはなく、農作業や畜産に人生を捧げる農家の人々にとってはよい娯楽であり、よい息ぬきだ。

この映画をみて、お金を媒介としない経済もあるのだと感心するのも、職業選択ができる日本はなんていい国なんだろうと思うのも、搾取構造をなくさねばと立ち上がるのも自由だ。

名作は人々に複数の見方や考え方を提供する、とすると、本作は間違いなく名作だ。

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